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act.6影踏スクランブル<176>

「……お小遣いなら未里があげるよ?」 未里は気乗りしなそうな相手を誘うにように体をくねらせてみせるが、状況は変わらない様子。そのまま自然と互いの制服を脱がし合い始めたから、今度こそ爽はその場を離れた。 見てくれはそれなりに可愛らしく、奈央の前では善良なファンを演じている未里の裏の顔を図らずとも知ってしまった。爽は、彼らから十分に距離が離れたところで、登録して間もない奈央の連絡先を呼び出した。が、実際にメッセージを打ち始めたところで手が止まる。 二人の会話を拾うことに必死になって、音声を録音するとか、写真を撮るとか、そういった証拠を残しておくことをすっかり失念していたと気が付いたのだ。 奈央は爽が訴えれば、疑わずに話に耳を傾けてくれるとは思うものの、未里にシラを切られたら、それ以上責める手段がない。それに今の話では、未里を何かの罪に問うこと自体が難しい。 「……高山先輩、悩んじゃいそ」 それに、と爽はぼやいてみせる。良い人を絵に描いたような奈央が、自分のファンが都古を傷つけることに間接的にとはいえ、加担していたと知ったら苦悩するに違いない。 生徒会の中で爽や聖を受け入れてくれた優しい先輩を、むやみに悩ませるのは気が引けた。 “どこいんの?” 聖からは授業が始まっても教室に戻ってこない爽を心配してメッセージが送られてきた。一時間前とは真逆の状況だ。 だから爽は腹痛、とだけ返して携帯を閉じる。聖に伝えるかどうか、も爽は少しだけ悩んでいた。爽より、良く言えば行動力のある、悪く言えば無神経な彼のことだ。彼ならきっと爽のように悩まず、奈央に事情を話してみせるだろう。 それが正解なのかもしれないが、そうでないかもしれない。爽には判断しきれず、ただ胸にモヤモヤとしたものを募らせていく。 きっとこの悩みの根幹にあるのは、少しでも周りの力になりたい、役に立ちたいという欲求だということが自覚できているから尚更厄介なのだ。 昨晩役立たずと都古に罵られた言葉が鮮明に残っている。もし、誰の手も借りず、彼等を懲らしめることが出来たら、その汚名は晴らせるだろうか。 携帯の待ち受け画面には、誕生日の日に葵と撮影した三人での写真が設定されている。それをぼんやりと見つめながら、爽はわずかに唇を噛んだ。

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