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act.6影踏スクランブル<177>

* * * * * * 部屋の中に広がる青空。天井や壁一面に浮かぶ白い雲を、朝から何度数えたか分からない。主の居ないこの場所で、都古に出来ることは他に何も無かった。 謹慎で葵に会えないのとは訳が違う。葵の身に何が起こったのか、昨晩は冬耶とどこにいたのか、今はどうしているのか。未だに何の情報も与えられず、体の奥底から何かドロドロとしたものに蝕まれていく嫌な感覚に襲われていた。 それでも、昨晩のように怒りに身を任せて暴れることはない。当たる先もなければ、そんな気力や体力も残っていないのだ。だから都古は、目が覚めるなり京介が提案してきた、“家に帰ろう”という提案に頷き、こうして今葵の部屋でただ転がっているのだ。 ラグマットの上に寝そべる体勢を少し変えれば、浴衣の裾が捲れ、自身の白い脚が視界に入る。西名家に上がる際に強制的に拭かれたおかげで泥や土埃は落ちているが、昨夜裸足で動き回っていたせいで生傷だらけだ。先日の喧嘩の名残の痣もぽつぽつと浮かんでいて醜い状態。だが都古にとってはどうでもいいことだった。 起きているのか眠っているのか、自分でもよく分からなくなってきた頃、階下が急に騒がしくなった。耳を澄ますと、わずかに車のエンジン音が聞こえる。 「……アオだ」 冬耶が葵を連れて帰ってきた。そうに違いない。都古は慌てて部屋を飛び出し、階段を駆け下りた。どうやら都古は少し出遅れたらしい。既に京介も、そして陽平や紗耶香まで玄関先に出ていた。だが、大人しく後ろで待つような性分ではない。 彼らの間をすり抜け、門に近づくと、ちょうど冬耶が葵を抱えてタクシーから降りてくるところだった。なぜ自分の愛車ではなく、タクシーで帰宅したのか。その答えは、彼の腕の中を見れば明らか。 冬耶が抱えていたのは、見慣れぬスウェットを身につけた葵。ぐったり眠りながらも、手はしっかりと冬耶のシャツを掴んでいる。とても運転など出来る状況ではなかったのだろう。 「……おいクソ兄貴。何があったか説明しろ」 「うん、後でな。まずあーちゃん、ベッドで寝かせたいから」 怒りを隠しきれない声音で凄む京介に、冬耶は少し疲れた顔で笑い返してみせた。都古にも、そして両親にもぐるりと視線を渡し、最後に玄関の扉を顎で指し示す。 「そこ、開けて」 本当にここでは何もやりとりする気はないらしい。よくよく考えれば、誰が見ているとも、聞いているとも分からない場所で冬耶を問い正すことは得策ではないだろう。 だがいつもの彼なら詳細は話さずとも、この場にいる皆を安堵させる一言ぐらいは言うはずだ。いつも冷静沈着で、だからこそ徹底して周りに明るい姿しか見せない冬耶が珍しい。彼をよほど動揺させるほどのことがあったのだろう。

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