864 / 1393

act.6影踏スクランブル<178>

葵の部屋につき、ベッドへと抱えていた体を横たえさせてようやく冬耶は一息ついてみせるが、表情は和らがない。 「冬耶、きちんと説明してほしい。葵に何があったのか」 タオルケットに包まった葵を見つめ、黙りを決め込む冬耶に痺れを切らし、声を掛けたのは陽平だった。意図して周りの視線を無視していたわけではないらしい。冬耶は陽平の呼び掛けに、ハッと肩を揺らし、そして重たそうに腰を上げた。 「ごめん、下で話そう」 その呼び掛けにつられ、皆が名残惜しそうに葵を見やりながら部屋を出て行くが、都古だけは冬耶が先程までいたベッド脇に駆け寄った。葵の身に起こったことは知りたい。だが、それよりも葵の傍を離れたくなかったのだ。 「みや君、あーちゃんについててくれるの?」 「……うん」 「ありがとう。何か変わった様子があったらすぐに呼んで」 冬耶も葵一人を残しておくのは気が進まなかったのだろう。どこか安堵した顔つきで都古の頭を一撫でしてから階下へと向かった。 静かになった室内で、都古はゆっくりと葵の体を覆うタオルケットを捲る。サイズの合わないスウェットは葵の手足を指先まで包んでいるが、その下にどんな傷があるのかこの目で確かめておきたい。 昨晩見た光景は鮮明に脳裏に焼き付いている。暗い倉庫で唯一窓からの月明かりが差し込む作業台の上。そこには黒い革の枷が繋がれていた。 真っ暗闇が怖いからと、眠る時には必ずランプを点けたまま眠る葵。そんな彼があんな場所に拘束されれば、ただそれだけでどれほどの恐怖を感じたか想像に難くない。 手首にも足首にもしっかりと包帯が巻かれていたが、都古はそれすらもゆっくりと外してみせた。そこにはやはりきつく拘束されたことを示すように、赤く爛れた擦り傷が浮かんでいる。左の足首はさらに怪我の具合がひどいのか、包帯だけでなく、湿布が全体を覆うように貼られていた。 「アオ、これ全部、ちょうだい」 馬鹿な望みなのは分かっている。風邪とは違い、葵の体に浮かぶ怪我が、都古に感染るわけがない。それでも、都古は願わずにはいられなかった。 傷口にそっと口付けて、包帯を巻き直す。まるで何かの儀式のように、都古はただ葵の両手足を順番に癒し続ける。 全ての包帯を元に戻したあと、都古は葵の身にまとうスウェットのウエストに一度は手を掛けた。まだ確かめたい場所があったからだ。 だが、都古は迷った挙句、その手を引いた。葵が虐げられた、その決定的なものを見てしまっては、一度無理やり押さえかけた怒りが蘇るのは間違いない。 暴走したせいで、謹慎を食らい、結果的に葵との距離が離れてしまった。もし自分があの時学園内にいれば、葵をすぐに保護してやれていたかもしれない。 そう考えると、例えどんな理由であれ、もう二度と葵の傍を離れることは選びたくないし、そんな可能性が生まれる選択肢も避けたい。

ともだちにシェアしよう!