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act.6影踏スクランブル<179>

葵の隣に寝そべり、泣き腫らして赤らんでいる目元や、熱っぽい額や頬にも唇を落としていく。何も解決していないし、何も分からないのは先ほどまでと同じ。だが、今は葵がこの腕の中にいるだけで良かった。 そんな都古の気持ちとは裏腹に、階下からは京介の怒声が聞こえてくる。冬耶から何を聞いたのか。気にならないと言えば嘘になる。もし葵がこの場にいなければ、きっと都古も同じように声を荒げていたに違いない。 「……ん、きょ、ちゃん?」 夢の中にいた葵にも、彼の声は届いてしまったらしい。理由は何であれ、切なそうに呼びかける相手が都古以外である事実は哀しくてたまらない。だが今はそんな嫉妬に飲み込まれている場合ではない。 「アオ、起きた?」 無意識に伸ばされた手を取りながら、優しく声を掛ければ葵は一度都古の手を握り返したものの、急に体をビクつかせて都古の胸を押し返してきた。同時に覚醒した瞳も、恐怖の色が濃く滲んでいる。こんな視線を葵に向けられたことなどない。 しばらくじっと目を見つめ合わせて痛いほどの沈黙が流れるが、先に動いたのは、予想外のことに固まる都古ではなく、葵のほうだった。 「みゃーちゃん、か」 目の前にいる相手が都古であると認識するなり、虚ろだった瞳に光を宿らせ、いつもの笑顔を向けてくる。驚かせたことを詫びるように、腕が回ってきて都古の髪を撫でてもくれる。だが、それで水に流せるほどは大人になりきれない。 「……誰と、間違えた?」 自分を抱き締めた相手を、葵は畏怖の対象として拒絶したのだ。今までこんなことは一度もなかった。 「なんのこと?」 「誰と、間違えた?」 気まずそうに笑う葵に、都古はもう一度同じことを問い掛けた。だが葵は首を横に振ってはぐらかし続ける。これ以上深追いすべきではないのだろう。だが、やはりこうして肉体だけでなく、心まで深く傷つけられた様を目の当たりにすると、震えるほどの怒りが沸き起こってくる。 「俺が、こわい?」 質問を変えると、葵は少し驚いた顔をみせ、そして否定するようにもう一度都古の頭を撫でてくれる。 「こわいわけないよ」 「本当に?」 葵が向ける笑顔に嘘はなさそうだが、どこか苦しげに感じるのも事実。都古はその違和感の正体を確かめるべく、葵に覆いかぶさるように体勢を変えてみる。彼に甘え、キスを繰り返す時のいつものポーズ。 「アオ、いい?」 だが、そうして声を掛け、そっと顔を近づけると、やはり葵は身体を震わせて都古の胸に手を添えてくる。先ほどのように押し返してくるわけではないが、受け入れているわけでもない。それに、葵自身も自らに戸惑っているような顔つきだ。昨夜の出来事が、日常のスキンシップすら支障が出るほど葵を傷つけたのだろう。

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