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act.6影踏スクランブル<181>

* * * * * * 窓の外が少しずつ明るくなってきたことに気が付き、遥は読んでいた本を閉じた。カーテンを付けていないガラス窓の向こうでは、東の空から光が滲み始めている。 「もう朝、か」 葵が居なくなった。藤沢家に連れて行かれたかもしれない。そんな連絡からもう半日以上が経っている。冬耶からはそのあと、葵を保護したとだけ一報があったのみで、結局何があったのかわからず仕舞い。 一度は居ても立ってもいられず、日本に飛んで帰ることも考えた。その証拠に、ベッドの上には最低限の荷物をまとめたボストンバッグが転がったままだし、デスクトップパソコンの画面は日本へ向かう直行便を検索した画面が開きっぱなしになっている。冬耶からの連絡があと少し遅ければ、遥はきっとこの部屋を飛び出していた。 自ら選んだ距離とはいえ、こんなことになるなんて思いもしなかったのだ。少なくとも高校を卒業するまでは。少しだけ寂しい思いをさせるけれど、葵の成長に繋がると、そう信じていた。 「失敗、だったかな」 もう二ヶ月近く、葵に触れていない。あの子が泣いていると分かっていて何もしてやれない。それがこれほど苦しいとは。日本とは全く違う朝の風景を見下ろしながら、遥は人知れず重たい溜め息を零す。 これから本格的に街が目覚める時間になる。その前に少しだけ体を休めようか。さすがに疲労を感じ、遥がそう考えた時だった。あれほど微動だにしなかった携帯が着信を伝えてくる。 「……冬耶?」 『ごめん、はるちゃん。起こした?』 遥の気も知らずに能天気なものだ。まさか遥が一睡もしていない、なんて冬耶は考えてもいないようだ。自分が保護したと伝えれば、それでひとまず遥が安心すると信じていたに違いない。 「葵ちゃんは?無事だろうな?」 冬耶の質問には答えず、遥は自分が気になることを一番に口にする。 「こんな早朝に電話してきて付き合わすんだから、今度は全部話すまで切るなよ」 また一言で切り上げられても困る。そうして牽制すれば、冬耶は一つ息をつくと、昨晩の出来事を、順を追って説明しはじめた。 どうやら事態は遥が思っていたよりもずっと悪いものだったらしい。帰れば良かった。途中になっていた旅支度を見やりながら、遥がそう悔いたくなるほど葵の身に起こったことは信じがたいものだ。 実父が連れ出してくれたほうが良かったかもしれない。葵を人形に見立てて可愛がっていた男なら、せめて肉体的には無事であっただろう。 そんなことをふと考えて遥はすぐに冷静になった。精神的に葵を壊した存在がマシなわけもない、と。

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