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act.6影踏スクランブル<182>
『藤沢さんとの学費のやりとりと、一ノ瀬の処遇に片がつくまでは、あーちゃん、休ませようかなって。遥はどう思う?』
「さすがに反対するわけないだろ」
『だよな。うん、良かった』
今まで葵を少し強引に登校させてきた実績のせいだろうが、こんな状態で葵を学園に向かわせたいわけがない。西名家の兄弟に比べれば、確かに自分は葵に厳しい。だが、根底にあるのは愛情。暴行された葵に登校しろなんて言うわけがない。
『俺が選んできたことは全部間違いだった気がして、さ』
「間違い?」
『色々考えたんだ。あーちゃんを生徒会に入れたこと、とか。それから……』
「ちょっと待て。どっから話遡らせてるんだよ」
声の調子から、冬耶も相当に参っていることは察していたがどうやら大分重症らしい。葵が居なくなったのが生徒会の活動中、だからなのだろうが、まさかそこから生徒会に招き入れなければ良かったなんて発想に至るとは。
「冬耶、帰ろうか?」
彼が常に良い兄であろうと、気を張り続けていることを知っている。自分以外にこうして弱みを見せられない損な性格であることも。だから思わず遥はそんな提案を口にした。葵だけではない。いつだって冷静なはずの親友の思考回路が壊れ始めていることを放ってはおけない。
『それ、俺じゃなくてあーちゃんに言ってあげて』
冬耶は遥の申し出を受け入れるでも、拒むでもなく、最愛の弟を気遣ってみせる。確かに、今遥がこの言葉を投げかけるべき一番の相手は葵だろう。葵が求めてきたら応えてあげる、なんて手厳しいことを言っている場合ではない。
「葵ちゃんは?」
『今はみや君と寝てる。熱がまだ引かなくて』
「……それじゃ起こすのはかわいそうだな」
葵のため、なんて建前抜きにただ葵の声が聞きたいと素直に言えない。損な性格なのは遥も同じだ。
冬耶とはそれから少しだけ今後の話をして電話を切った。窓の外は随分と明るくなり始めている。だがこのまま朝を迎えてしまっては到底体が持ちそうにない。
今度こそ本当に横になろう。そう思った遥がベッドの上に投げ出したままのボストンバッグを除けた時、またも邪魔が入った。
「ハル、電話おわった?早起きだね」
扉からひょっこりと顔を出したのは、このアパートで共に生活を送るルイだった。
遥の父親がパティシエの修行中にこの地で出会ったのが、ルイの父。そこからずっと家族ぐるみの付き合いが続いている。ルイにとって遥は、少し年の離れた弟のような存在らしい。今回遥が下宿先を探していると聞き、このアパートの部屋が一室余っていると言って招き入れてくれたことは素直に感謝している。
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