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act.6影踏スクランブル<188>

二人にはきっととてつもなく心配をかけたのだろう。当たり前だ。生徒会の活動を抜けたのが夕方で、そのあとすぐに一ノ瀬に捕まった。おそらく随分長い時間をあの暗い場所で過ごした気がする。探してくれていたことは間違いない。 しかし、それならば生徒会の役員たちも、一緒に葵を探してくれていたと考えるほうが自然だ。葵の欠席の理由が単なる捻挫だなんて、見え透いた嘘に彼らは騙されてくれるのだろうか。 そもそも、自分はどうやってあの場から逃げだせたのか。傷跡が示すように四肢を拘束され、身動きが取れない状態だったはずだ。 「京ちゃんが、来てくれたの?」 犯人が一ノ瀬だと知る理由も、それならば納得できる。いつでも葵を助けてくれる幼馴染に答えを求めれば、京介は驚きと呆れが入り混じった表情で葵の頬を抓ってきた。 「そのへんの記憶も曖昧なのな。お前さ、宮岡ん家に誰といたんだよ」 「……あ、お兄ちゃんか」 いつも以上に鈍い頭には自分でも嫌気がさす。朝誰の腕の中で目覚めたか。その事実と昨晩のことがうまく結びつかなかった。 「でも、俺が見つけてやりたかった。もっと早く。こんなに傷つく前に」 京介はそう言って、葵の手首に巻かれた包帯をなぞってくる。その下には、拘束具で赤く擦り切れた傷が残っていた。これが手首だけでなく、両足首にも。それに人に言いづらい部分にもあるのだ。この痕が全て綺麗に消えるには、少し時間が掛かりそうだ。 「葵、ごめんな。こわかったよな」 京介が謝ることではない。さっき彼の言った通り、どんな状況であれ、一ノ瀬についていった自分が悪いのだ。あれだけ注意されていたのだから、避けられるはずだった。でもやはり葵には分からない。 「……どうして、先生、あんなことしたの?」 あの行為をなんと呼んだらいいか分からず、葵はただ曖昧にぼかすことしか出来なかった。それでも京介にも、そしてずっと葵を抱きしめてくれる都古にもきちんと伝わったらしい。二人からは、それぞれ別の言い方ではあったが、分からないままでいいと、そう言い含められた。 それでいいわけがないと思う。葵が何か彼を怒らせるようなことをしてしまったのだとしたら、ああした暴力を振るわれたことにもまだ納得ができる。でも彼は葵を好きだと言った。愛してあげると、そう言った。そのための行為だ、と。 “好きだから触れたい” 忍が教えてくれたその言葉が少しずつ実感できていた葵にとって、一ノ瀬の言動は大いに混乱させるものだった。 葵は試しに自分の腹の前で交差された都古の腕に左手を乗せ、隣にいる京介へと右手を伸ばしてみる。二人の少し違う体温は、やはり触れると安心する。ずっとこのままで居たいと思うほど。 「もう少しだけ、こうしててもいい?」 二人に尋ねると、都古は頷きで返事をしてくれるし、京介は触れた手を深く絡めるような形で握り返してくれた。 考えるのはしばらくやめることにした。大好きな二人の存在を感じながら、ただぼんやりと時計の秒針が進むのを見届ける。空虚な時間かもしれない。でも今の葵には、それが必要だった。

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