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act.6影踏スクランブル<189>

* * * * * * 空一面が茜色に染まる頃、部活動を終えた生徒たちが揃って寮へと向かう列ができる。それを見下ろしていた幸樹は、背後でカチャリという金属音が響いたことに気が付き、視線を向けた。 「お前なぁ、なんでわざわざここなんだよ」 ドアから現れたのは、ボストンバッグを手にした京介だった。こちらを見るなり顔をしかめて苦情を言ってくる。無理もない。ここは校舎の屋上。待ち合わせ場所に指定するには不向きだ。 「ここなら誰もおらんし。よく使ってるやん」 「だからってなぁ」 フェンスに凭れかかっていた幸樹の元にやってきた彼はバッグを床に放り投げると、疲れたと言わんばかりにアスファルトに腰を下ろした。 「重そうやな」 「授業についてけなくなんの、怖がってっから」 バッグの中身についての直接的な回答ではなかったが、察しはついた。葵の勉強道具が詰まっているのだろう。朝一番で西名家に帰ったはずの彼が、悪態をつきながらもわざわざこうして取りに来たということは、それなりの期間休ませるつもりなのかもしれない。 「……で、一ノ瀬、見つかったって?」 京介はパーカーのポケットから取り出した煙草を咥えながら、早速本題を切り出してきた。幸樹としては葵の様子を先に聞き出したかったが、せっかちな彼を待たせるのは難しいだろう。答える代わりに幸樹は一通の封筒を京介に差し出した。 「“退職届”?一ノ瀬のか?」 「そ、ちゃんと直筆よ」 「直筆、ってお前これ」 京介が何を言いかけたかは分かる。白い封筒の表面に書かれた筆跡はガクガクと震えているのだ。無理やり書かせたのは明らか。確かにこれは、本人の意思とは関係なく、幸樹が書かせたもの。 「その手、殴ったのか」 「……んーまぁ、色々?あんま聞かんといて」 痣だらけの手の甲を見て眉間に皺を寄せる京介に、実際に幸樹が何をしたか、なんて言うのは憚られる。京介は短気だし暴力に抵抗はない性質だが、非情にはなりきれない。大切な葵を傷つけた相手だとしても、喧嘩慣れしていない非力な男を一方的に殴り続けるのには限度があるだろう。だが、幸樹にそんな情はない。 「悪い、お前に押し付けた」 「ええよ、別に。京介が謝ることちゃうやん」 幸樹はいつもの調子で笑いかけてみるが、彼の表情は晴れなかった。大方、友人に嫌な役目を押し付けたと思い込んで悔やんでいるのだろう。 幸樹が犯人を一ノ瀬だと確信したのは、京介に頼まれて防災用の備品庫に向かったから。だから彼が責任を感じる気持ちも分かるが、そのあと一ノ瀬を探し出そうと動いたのは幸樹自身の意思だ。 それに彼の兄、冬耶も認知している。むしろ、一ノ瀬を捕らえて退職届を書かせるまでは冬耶の筋書き通りだ。手段は問わないと言われたから、その言葉に甘えたまで。でもそれは京介が知らなくても良いこと。

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