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act.6影踏スクランブル<191>

「なんだこれ」 「一ノ瀬の部屋で見っけた」 京介は訝しげに包みを開き始めたが、すぐに合点がいったようだった。中身は一ノ瀬の自宅を漁った時に出てきた葵の私物らしきペンケース。 どうやら一ノ瀬はことあるごとに葵のものを拝借していたらしく、室内には他にも体操着やマフラーなどが大切に保管されていた。だが衣服は一ノ瀬が何に使ったか分かったものではないし、戻ってきたところで葵も困るだけだろう。だから幸樹はそれだけを持ち帰ってきた。 「やっぱこれ、あいつが盗ってたのか。でももうとっくに新しいもん買ってるし、いらねぇよ。せっかく持ってきてもらって悪いけど、捨ててくれ」 京介としては、一ノ瀬の元にあったものは葵に近づけたくないらしい。空色のペンケースは幸樹の手元に突き返される。でも幸樹はそれを押し返した。 「中に入ってるもんも?一緒に捨てちゃってええの?」 幸樹だってただのペンケースならば放っておいた。だが、いつだか京介から聞いたことがあったのだ。葵がペンケースごと、大事なものを失くしてしまったのだと。 案の定、京介はペンケースのファスナーを開いてすぐに表情を変えた。中から出てきたのは、シルバーチェーンのブレスレット。 「それどうするかは京介が決めな」 「……おう」 きっと京介は葵には渡さないだろう。いくら大切なものとはいえ、一度一ノ瀬が盗んだものをまた、葵に身につけさせたいとは思わないはずだ。分かっていても、幸樹はこれをあの家に残しておきたくはなかった。 京介は先ほどに比べ、幾分か落ち着きを取り戻したようだ。葵との思い出を振り返りでもしたのだろうか。その様子を見て、幸樹はもう一つの用件を切り出した。 「これ、藤沢ちゃんの字、やんな?」 そう言って京介に差し出したのは、飾り気のない便箋だった。そこには一ノ瀬宛のメッセージが綴られている。送り主の名は無いが、少しだけ丸みを帯びた柔らかな字体を見て、幸樹はすぐに生徒会の議事録を思い出した。活動にはまともに参加していないとはいえ、これでも二年続けて役員を任されているのだ。 「なんだよ、こんなもん葵が書くわけねぇだろ」 「でも実際にこれがある」 「一ノ瀬が作ったんじゃねぇの」 自分宛の手紙をしたためるなんて、危なすぎる行動ではあるが、強い妄想に取り憑かれている彼なら有り得る。でも幸樹はどうも腑に落ちない。 これは葵そっくりに筆跡を真似て書いたものではない。葵本人の字を並べて印刷したものだ。でも一ノ瀬の自宅にあったパソコンには、そんな作業を行った形跡は残っていなかった。膨大な量の盗撮記録も、想いを赤裸々に綴った日記も、パスワードすら付けずに堂々と保管していた彼が、わざわざこの工作だけ隠すとは思えない。

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