881 / 1393

act.6影踏スクランブル<195>

「よし、終わり。じゃあ戻ろうか。抱っこする?」 髪をしっかり乾かしてやれば、ここですることはもうない。京介や都古が二人の帰りを待っているだろう。だが、スツールに座らせた葵は、冬耶が両手を広げても飛び込んでこようとしない。 「どうした?」 何か二人きりで話したいことがあるのかもしれない。そう予感した冬耶が視線を合わせるようにしゃがみこめば、葵は少し悩んだそぶりを見せたあと、ようやく口を開いた。 「……制服、新しく作ってくれてありがとう」 「京介に聞いたの?」 「うん」 葵がこうして気負うだろうから黙って渡してやるつもりだったのだが、失敗したようだ。 「それでね、いつ、出来るかなって」 そう尋ねられて冬耶は弟たちの会話の流れを察した。大方京介が、制服が出来るまで休めとか、そんなことを言ったに違いない。今朝ですら登校しようとした葵のことだ。無理にでも学園生活に戻りたがることは想定範囲内。 「今日注文したばっかりだからなぁ。あーちゃんのサイズ、在庫なかったみたいだし、ちょっと時間かかるかもしれない」 「そうなの?」 「ブレザーにもネクタイにも、イニシャルの刺繍入れるだろ?あれも時間かかるんだって」 「……そっかぁ」 期間を明言せず、それらしい言葉を並べると葵は残念そうに眉をへたらせた。可哀想だが、一ノ瀬の件も、藤沢家との件も解決していないまま葵を登校させるわけにはいかないのだ。致し方ない。でも葵は少し考え込んだ後、代替案を出してきた。 「あ、そうだ。ズボンは無地のがあるよ。七ちゃんみたいにカーディガン羽織ればいいし。ネクタイはお兄ちゃんが使ってたやつ借りるのはどうかな?」 “強くなりたい”。カウンセリングで、葵はしきりにその言葉を口にしていると宮岡から聞いた。それを体現するように、葵は少しずつ逞しくなってくれている。望んでいたことだというのに、寂しい気持ちになるのはなぜだろうか。 「二年の時のネクタイか。一応探してみるけど、すぐ見つかるか分かんないよ?」 「うん、大丈夫!お兄ちゃんのネクタイ付けたら、いっぱいがんばれそう」 「……まったく、なんでそういうこと言うかな」 葵のアイディアを真っ向からは否定せずに受け流すと、可愛いことを言われてしまう。思わず抱きしめてしまえば、くすぐったそうな笑い声が聞こえてきた。 どこまでが本音で、どこからが強がりか。 少なくとも同じクラスの都古の謹慎が明けるまでは、葵を休ませておきたい。それが冬耶の最低限の望みだったが、葵がこの調子では計画を立て直したほうがいいかもしれない。葵が絶大な信頼を置いている遥に、しっかり休むよう説得させるという奥の手もあるが、できればそれは最終手段にしたい。 葵を連れて廊下に出ると、すぐそこに都古が待機していた。出来るだけ飼い主の傍にいたかったのだろう。

ともだちにシェアしよう!