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act.6影踏スクランブル<196>

「みや君も次、入っておいで。あーちゃんとリビングで待ってるから」 そう声を掛けると、都古は今ここで葵に着いて行くのと、すぐに入浴を済ませてその後ずっと葵にくっついているのとを天秤にかけ、後者を選んだようだ。相変わらず無表情だが、そのぐらいの葛藤は冬耶も読めるようになった。 「アオ、すぐ戻る」 「うん、いってらっしゃい」 「ちゃんと湯船に浸かるんだよ?……って、あれじゃ秒で上がってきそうだな」 律儀に葵への挨拶を済ませるなり、都古は慌ただしくバスルームに駆け込んで行く。大げさでなく、“すぐ”帰って来そうだ。だから冬耶はリビングにいた京介に葵を預けると、浴室前で都古を待ち伏せすることにした。少しだけ彼と会話しておきたいことがあったのだ。 「……なに?ちゃんと、入った」 「あーうん、こっちまでバシャバシャ音聞こえてたから分かってるよ」 濡れた髪をそのままに飛び出てきた都古と目が合えば、彼は不機嫌そうに睨みつけてくる。説教をされるとでも思ったようだが、用件はそうではない。 「風邪ひかないように、髪乾かしながら聞いて」 そう言って彼が出て来たばかりの扉を開いて手招くと、都古はまた葛藤を見せたが冬耶についてきた。睨みつけながらも、冬耶の言った通りタオルで髪を拭き始めるところはどうにも可愛く思えてくる。 初めて出会った時から随分と背も伸び、肌蹴た浴衣から覗く体は細身ながら筋肉質で男らしい。でも、彼の兄からずっと話を聞いていたからか、冬耶にとって都古もまた、いつまでも幼い弟のような存在だ。 「帰ってきてからみや君とはちゃんと話せてなかったからさ、昨日のこと」 両親や京介に昨晩の一連の流れを話している間、都古は葵に付き添ってくれていた。それから片時も離れず葵の傍にいた彼と話すチャンスがなかったのだ。だからこうして機会を作った。 「いい、聞きたくない」 だが、都古はそれを拒絶してきた。平らな表情の奥に、恐れが窺える。 「分かった、じゃあ読んで」 グッと唇を噛み締める彼に冬耶は自分の携帯電話を手渡した。そこには幸樹から届いたメールを表示させている。 一ノ瀬が葵に何をしたか。残っていたという映像を見た彼がかいつまんでまとめた箇条書きの文章は感情が見えないが、その分リアルに感じられる。都古にはショッキングな内容だろう。冬耶もできれば二度と読みたくなどない。だがその中に希望があるから無理やり渡したのだ。 しばらく画面を見つめ、上から下まで何度も視線を動かした都古はそのあと、放心したように固まったかと思えば、静かに泣き始めた。湯上がりとは思えない青白い頬に涙を伝わせて、ヒクヒクと肩を震わせる姿は子供のよう。

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