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act.6影踏スクランブル<197>
「……アオ、知らない、まま?」
「うん、そうだって」
「よかった。よく、ないけど……よかった」
都古の言葉は感情に素直だった。都古が真相に触れたがらなかったのは、葵が自分と同じ痛みを経験したと思ったからなのだろう。昨夜も、現場を見て随分と取り乱していたと京介に聞いた。
「このビデオ、って」
「もう誰の目にも触れさせない、安心して」
都古は記録に残っていることを不安がっている様子だったが、冬耶はこれを証拠として一ノ瀬を追い詰めるつもりはなかった。映像が誰かの目に入るたび、葵が葵の知らないところで傷つけられる。せめてそれは避けたい。
「……一ノ瀬、殺したい」
「気持ちはわかる。でもみや君はダメ」
「じゃ、冬耶さんが、殺す?」
泣きながら、なんと物騒なことを口にするのだろうか。一ノ瀬の処遇はこちらに任せろと、そういうつもりで返事をしたのだが、彼には一ノ瀬を殺める以外の選択肢はないらしい。冬耶も賛成ではあるが、葵を犯罪者の弟にはしたくない。
「九夜は、関係ない?」
「ある。一ノ瀬からあーちゃんを奪ったのが九夜。んで、それを俺が見つけた」
若葉相手に殺意を持って、寮で激しく暴れた話も聞いている。元凶ではないが、無関係でもないと告げると、都古は複雑そうに短く整った眉をひそめた。
「これからは、九夜にも十分気をつけてほしい。もしまた現れるようだったら、あーちゃん連れて真っ先に逃げて」
「……戦うな、ってこと?」
「あーちゃんを庇いながらじゃ難しい相手ってこと」
己の戦闘力にはそれなりに自信のある都古は不服そうだが、スタミナも力の強さも若葉のほうが上なのは間違いない。それに加え、大柄な体躯からは想像もできないほど奴は俊敏だ。何度か対峙したことがある冬耶だからこそ、不用意に喧嘩は促せなかった。
「それ、そいつにも、言われた」
「……上野に?」
都古が名前を告げず、冬耶の携帯を指してくるからすぐには理解できなかったが、メールの送り主と言いたかったようだ。幸樹かと確かめれば、頷きが返ってくる。都古が幸樹といつ言葉を交わしたか分からないが、少なくとも昨晩の事件以前にすでに注意喚起をしてくれていたようだ。飄々としている彼だが、全体を俯瞰しながら冷静に動ける貴重な人物だ。
「強く、なるから。もっと」
都古は目元に溜まる涙を拭って宣言すると、冬耶の肩を押し退けてバスルームから飛び出して行った。話したいことは大方話せたのだから、もう止めはしない。
「強く、か」
葵と都古が願う強さ。意味合いは違うだろうけれど、彼らが強さを求めざるを得ない環境に追い込んでいることは申し訳なく感じてしまう。
一ノ瀬も九夜も、冬耶が在籍中に処理しきれなかった、ある種負の遺産ともいえる存在だ。後任を信じて託したといえば聞こえはいいが、判断を誤ったと認めざるをえない。だが責任を感じる冬耶に、幸樹は先ほどもう一つメッセージを送ってきた。
“やっぱりきな臭い。もう少し調べる”
幸樹が何に違和感を覚えたかは文面からは読み取れないが、一ノ瀬の処分まで猶予が欲しいということなのだろう。一刻も早く一ノ瀬を断罪したい冬耶にとっては歯がゆい事態だが、彼の勘は鋭い。
冬耶も一ノ瀬と直接会話したいと返事をすれば、彼からは了解を意味する絵文字だけが戻ってきた。
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