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act.6影踏スクランブル<198>

* * * * * * 昨日訪れた学園も、無駄に豪奢な造りをしていて癇に障ったが、この場所もまた、椿には居心地が悪い。ソファーに寝転んでいる体勢では説得力がないかもしれないが、これでも椿は藤沢家の邸宅には大いに不満があった。 「そろそろ姿勢を正してください」 傍で控えていた穂高は、隣室の動きを察知し声を掛けてくるが、椿は生憎起き上がるつもりなどない。 いつでもピンと背筋を伸ばしている彼には理解できないのだろうが、糊の効いたシャツを着ることすら椿には窮屈で仕方がない。金持ちの子息らしくオーダーメイドのスーツで過ごすことは新鮮ではあったが、そろそろ飽きてきた。 穂高の予測通り、少しして馨が隣室から現れた。扉を開け閉めする仕草だけで、彼の機嫌が宜しくないことは十分に伝わってくる。だが、彼は椿がソファーで寝そべっていても行儀が悪いなんてどやしたりはしない。穂高が過敏すぎるのだ。馨が椿に関心がなさすぎるだけかもしれないが。 「葵が見つかったのは結構だけど、散々疑ってきた私に直接謝罪の言葉がないのは納得がいかない。結局何があったのかも報告してこないなんて」 先ほどまでの馨の会話の相手は、彼の父。昨日も勝手に学園に乗り込んだことや、そのせいで西名家から誘拐も疑われて随分と叱られていたが、また一悶着あったらしい。 これといってやることのなかった椿は、興味本位でわざわざここまでついてきた。馨が子供のように叱られて拗ねる姿を見ると爽快な気分になるが、いい気味だと笑いたくなるのを必死に押し殺す。今馨の怒りの矛先がこちらに向いたら面倒だ。 穂高の淹れた珈琲に口をつけて幾分か気を落ち着かせたようだが、形の良い眉は歪んだまま。だが、急に今まで視界にも入れようとしなかった椿のほうを向いて微笑んできた。 「ねぇ椿、高校生活もう一度やり直してみる?」 「それ昨日も聞いた気がする。馨さん、頭おかしくなったの?」 「いたってまともだよ。一年生からは無理だろうけど、制服着たら三年生ぐらいには見えるんじゃない?大丈夫」 椿は高校生らしく見えるかを心配して断ったわけではない。それを無視してニコニコ振る舞う彼はやはりどこかおかしいに違いない。 「兄弟で同じ高校に通うなんて、楽しそうだろう?遠慮しなくていいよ」 お金なら嫌という程持っている。高校を卒業しているだけでなく、成人まで迎えた椿を無理やり入学させられるだけの力も彼にはある。楽しそうという理由だけで実行してしまうことも十分に有り得た。だが、今回は彼の真意を察することができる。

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