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act.6影踏スクランブル<199>

「どうせ、葵のストーカーでもさせる気でしょ」 「もう立派に葵のストーカーだろう?もっと身近で葵を見られるんだ。喜べばいいのに」 馨の言うように、暇さえあれば葵を追いかけていることは否定しない。だがそれにはちゃんと訳がある。金づるにされていることも知らず、西名家に懐き家族ごっこを楽しむ葵の目を覚まさせたいだけだ。そして、椿のことを忘れている葵に早く記憶を取り戻させたいだけ。それの何がいけないことなのか。 「椿は葵の傍に居られるし、私は学園での葵の様子を知ることができる。双方にメリットがある、とても良い案だと思うけど」 そう言って彼は椿の返答を待たず、早速穂高に手配を命じ始めた。基本的に馨の命令に従う彼もさすがに今回は止めに入ったが、馨は自分の意見をそう簡単に曲げたりしない。 「じゃあ一旦制服だけ用意しよう。椿が高校生に見えなかったら、それで終わり。それならいいだろう?穂高」 珍しく渋る穂高を、馨はそんな無茶苦茶な言い分で押し切った。穂高はそれでも釈然としない様子で、胸ポケットから携帯電話を取り出してみせた。電話の相手は、昨日連絡先を交換した学園側の人間だろう。馨は昨日藤沢家の持つ影響力を散々チラつかせながら会話していたのだ。先方は大抵のことは二つ返事で飲み込むに違いない。 だが、大した前置きなく、制服を一式オーダーしたいと切り出した穂高は、相手の返答に戸惑う表情を浮かべた。馨がいる場では冷徹で完璧な秘書然とした態度を崩そうとしないのに珍しい。 「どうしたの?穂高」 それから何往復か会話を重ね、部屋の端から戻ってきた穂高に、馨が真っ先に声を掛けると、彼は少し答えに窮す素振りを見せた。しかし、そんな場面でも、携帯電話を元通りポケットに仕舞う仕草はしなやかで、育ちの良さが窺える。 「お坊っちゃまの制服の注文だと、勘違いされまして」 「それは自然なことだよ。だって私は葵の父親なんだから」 学園側がそう受け取るのも無理はない。葵の保護者だというアピールのためだけに、わざわざ学園に乗り込んだ甲斐があったとでも馨は言いたげだ。 「いえ、その、お坊っちゃまも本日制服を一式オーダーされたそうで、その数量やサイズに変更があったのか、と尋ねられました」 「……葵が?」 他人事のように話を聞いていた椿は、穂高が補足した説明を聞いてようやく体を起こした。 「正確には西名さんが注文したそうですが」 穂高は視線こそチラリとしか向けなかったが、馨の手前、無視せず椿の疑問に答えてきた。 「それじゃあ、昨日は葵の制服が使い物にならないようなことが起きたんだね。レイプでもされちゃったかな?」 馨の直接的すぎる単語に、穂高がピクリと体を揺らしたのが見えた。それに合わせて、緩やかなカーブを描く鈍色の髪もふわりと跳ねる。葵に忠誠を誓い続ける男にとっては、聞き捨てならない予測だったのだろう。 反対に、発言者である馨は随分と落ち着いている。形は歪んでいるが、馨なりに葵には愛情を注いでいるはずなのに、暴行されても構わないというのだろうか。

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