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act.6影踏スクランブル<200>
「大事なお人形に傷がつくのは嫌なんじゃないの?」
「傷つけられるのはもちろん困るよ。でも、葵はあんなに可愛いんだから仕方ない。それに、初めてでもないでしょう。男子高校生なんて性欲の塊だ。西名のとこの二人も、家族面して葵に何してるか分かったもんじゃない」
葵を欲望の捌け口にされたとしても馨が怒りを覚えるどころか納得してみせるのは、葵を本当に人形のように扱っている表れだと、椿には思えた。幼い葵を被写体にして作品を作り続けてきた彼はむしろ、葵のことは愛玩人形にしか見えていないのかもしれない。
「馨さんもそうだったの?高校時代」
「何が?」
「まぁ、そうだよね、避妊忘れて俺が出来ちゃったぐらいだし」
葵の扱いの酷さに対する報復として、椿は馨が嫌う話題を真正面から切り出してみた。案の定、正面のソファに腰を下ろしていた彼の麗しい顔は、面白いぐらいに歪んだ。
「もしかして、馨さんは母さんのことレイプしたの?だから葵が犯されても平気なのか」
「……黙れ」
怒りに震えた声と共に、まだ湯気の立つ珈琲がカップごと投げつけられる。当然飛沫が降りかかった顔も体も熱くて堪らないが、椿は表情には決して出さずに馨を睨み返した。
「出て行くかい?椿」
「それで困るのは馨さんじゃない?」
馨の父、つまり椿の祖父でもある藤沢家の当主にはそこそこ気に入られている。長い間、非嫡出子として藤沢家に存在を抹殺されていたとはいえ、今は馨の次の後継者として椿を育てたがっているようだ。馨の一存で追い出せば、また絞られるに違いない。馨もそれは避けたいはず。
馨が葵を西名家から取り戻すには、父親の許可が必要だ。自由奔放に生きすぎて、ついには葵までも壊してしまった馨に与えられた罰。海外に飛ばされた彼は、十年以上の月日を経て、ようやく日本で暮らすことを許されたのだ。
葵に手の届く場所にいるからこそ、彼は昨日学園に乗り込んだように時折我慢が出来ずに暴走しがちだが、決定的に父の機嫌を損ねるラインは超えていない。
「兄弟がいるほうが、葵も寂しくないでしょ。馨さんと暮らしたがる理由の一つぐらいにはなると思うけど」
「葵には私の存在だけで十分だよ」
葵に接触することが許されさえすれば、必ず自分が選ばれると馨は信じている。馨は自信たっぷりに言ってのけ、高圧的な目を向けてくるが、椿は怯まなかった。
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