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act.6影踏スクランブル<201>
「そうかな?なら、俺と暮らすか、馨さんと暮らすか、選ばせてみる?」
「私相手に駆け引きしようなんて、本当にいい度胸しているね」
喧嘩を売ったのは椿からだが、それを棚に上げてにこりと微笑んでみせれば、馨はよく似た顔で微笑み返してきた。演技ではない、本当に気分の良さそうな笑顔。馨と対等に張り合おうとする椿を、面白く思ったらしい。やはり彼はイカれている。
「穂高、葵の制服はいつ出来るの?私から先に贈ってあげようか」
馨は激昂などなかったかのように、先ほどまでの話の続きを始めた。二人の成り行きを見守っていた穂高も、ころころと変わる馨の機嫌には慣れきっていて、特段驚いた様子もなく、すぐに携帯電話を取り出した。
「あぁ、椿のもね。採寸が必要なら、椿に行かせなさい」
「……葵に接触させたくないんじゃなかった?」
「葵の学園生活を観察するだけなら、接触する必要はないでしょう。私は葵の全部を知っておきたいんだ」
それなら椿を使わずとも、元々学園内にいる人間を雇えばいい話だ。それこそ、今穂高が連絡を取ろうとしている相手でもいい。学園には、藤沢グループに関連のある会社の子息もいるだろう。うまく利用すればいいと椿は思う。
例えば、と椿は自分が調べた限りの情報を頭の中に浮かべた。
「馨さんが写真撮った双子って、葵の後輩じゃなかった?そいつらに頼めば?」
「道具にするには、彼らはちょっと子供すぎるかな」
つまりは、椿は道具にしやすい、ということだろうか。椿だって、馨をいいように使ってやろうと考えているのだからお互い様だが、気分は良くない。だが今夜はこれ以上馨に楯突くことはやめにした。
高校に通い直すことは断固拒絶するつもりだが、制服が手に入るのは色々と都合がいい。葵の様子を知りたいのは椿も同感だ。
穂高が電話を終えるのを確認した馨が部屋を出て行くと、椿はようやく珈琲が染み込んだジャケットを脱いだ。遠慮なくぶちまけてくれたおかげで、下に着たシャツにも茶色い染みが出来ていた。
「冷やしますか?」
テーブルの上のカップを片付けながら、穂高が椿の様子を見て声を掛けてきた。熱い珈琲を掛けられた椿を気遣うような言葉だが、彼の表情には何の感情も浮かんでいない。
「今さら冷やしてもね」
「そうですか」
椿が遠回しに断れば、穂高はあっさりと引いてみせる。やはりただ業務的に聞いてきただけなのだろう。
「お友達から、葵のこと聞いてないの?」
「何の話でしょう」
「昨日何があったのか」
先ほどの反応では穂高も詳細は知らないようだったが、あえて尋ねてみる。だが、穂高は“お友達”の存在も心当たりがなさそうに振る舞ってきた。ガラス製の天板を布巾で拭う手も止めず、椿を見ようともしない。
連休中に葵が京介と向かった病院。そこに穂高の中高時代の同級生が医師として勤務していることは調べがついている。宮岡というその男と、穂高が連絡を取っているらしいことも椿は知っている。
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