890 / 1393

act.7昏迷ノスタルジア<2>

「……アオ?どうしたの?」 都古の手に浮かぶ痛々しい傷痕をそっとなぞってみると、彼からは訝しげに顔を覗き込まれた。 「ううん、なんでもない。痛そうだなって思っただけ」 「アオが言う?それ」 都古が珍しく呆れた声を出してくる。確かに傷だらけなのは葵も同じだ。まして、都古に支えてもらわなければ動けないほど。でも都古のことが心配なのは紛れもない本心だ。 「アオは、もっと自分、大事にして」 「それはみゃーちゃんもおんなじだよ」 「俺は、いい。……アオ、顔色悪い。昨日、寝れた?」 都古はすっかり自分のことを棚に上げて、朝から何度目かの質問を繰り返してきた。その度に葵も同じ返答をするのだが、納得がいかないらしい。都古だけでなく、冬耶も京介も、そして両親も葵を気遣って同じことを聞いていた。それほど、葵の見た目は元気に見えないらしい。 確かに、昨晩はよく眠れたとは言いにくい。床に敷布団を並べ、京介と都古の間に収まったのだから本当なら安心して眠れるはずだった。でも、目を瞑ると一ノ瀬の顔や、馨の声が蘇ってきて、葵の睡眠を邪魔してきた。 “おまじない、するか?” ぐずぐずと泣くことしか出来ない葵を見かねて、夜中にこっそり京介が声を掛けてきたが、葵はそれを拒んだ。隣に都古がいたからではない。おまじないが、一ノ瀬の行為と何が違うのかが分からなくなって、怖いと思ってしまったのだ。 「……アオ?」 京介とのやりとりを思い出してうなだれる葵の顔を都古が覗き込んでくる。切れ長の涼しげな瞳が、今は葵だけを映して甘い色をしていた。いつもなら、そのままさらに距離を縮めてキスしてくるのに、都古はあれから一度も仕掛けてこない。葵が拒んだせいなのは明らかだ。 「ごめんね」 「大好き、アオ」 たまらなくなって都古を抱き締めて謝れば、彼はいつも通り愛を囁いてくる。何があっても、どんな葵でも、彼は好きだという。その気持ちに応えたいと思うのに、どうしてうまく行かないのだろう。 「部屋、戻ろ」 慣れた手つきで抱えてくる都古に、葵はただ頷きだけを返した。陽に当たったおかげか、都古の首筋から太陽の匂いがふわりとして安心する。葵がそう言えば、都古は“アオも”と笑ってきた。 庭から玄関先まで出ると、門扉の前に宅配業者のトラックが停められていることに気が付いた。都古は無視して家に入ろうとするが、葵は運転席から出てきた男性と目が合ってしまった。

ともだちにシェアしよう!