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act.7昏迷ノスタルジア<3>

「すみません。西名さんのお宅の方ですか?」 「……は、はい」 「荷物の受け取り、お願いしてもいいですかね?」 赤の他人とのやりとりは、未だにあまり得意ではない。まして、葵が気にする髪や瞳を隠すアイテムもなく、都古に抱きかかえられているなんて恥ずかしい状態だ。どう対応しようかと慌てる葵をよそに、早く配達を済ませたい様子の男性は、葵に駆け寄ってきた。 伝票とペンを渡され、指定された場所にサインを求められるが、葵は宛名を見て思わず手を止めてしまう。西名家の名は記されているものの、並列して葵の名が書かれている。さらに気になるのは品名の欄だ。 「時間がかかるって言ってたのに、どうして」 一礼をして立ち去る業者の声など気にならず、葵はただ手にした包みに疑問を浮かべていた。都古は開けずにそのままにしておくことを提案してきたが、葵は部屋に持ち帰ることを選んだ。 「アオ、やっぱり……」 「大丈夫。きっとお兄ちゃんが早めてくれたんだよ」 都古にではなく、自分に言い聞かせるように葵は机においた包みに向き合った。伝票には学生服と書いてある。発注した覚えがあるのだから届いたとして不自然なものではない。冬耶の話と辻褄が合わないのも、きっと早く登校したいという葵の我儘を叶えてくれたからに違いない。 でもバクバクと心臓が嫌な音を立てているのも、都古が青い顔でしきりに止めてこようとするのも、何かがおかしいと気が付いてしまったからなのだろう。 白い紙の包みを開ければ、中からは品名の通り、葵の制服が一式現れた。時間がかかると言われていた刺繍もきちんと入れられている。だが、それだけではなく白緑色の封筒が差し込まれていた。淡い緑色には覚えがあった。この色を好んでいた人を、葵はよく知っている。 「やめよ、アオ」 「大丈夫だから」 震えながら封筒を開けようとする葵に、とうとう都古が手を重ねてきた。でもここまできて後戻りなど出来ない。知りたいのだと強く願えば、都古は静かに身を引いた。 “葵へ” そんな書き出しで始まった手紙は、短いものだったけれど、葵の心を揺さぶるには十分だ。制服のサイズを見て、葵の成長を感じたという文面は、差出人が明記されていなくても、想像がつけられる。 「パパだ」 包みに張り付いたままの宅配伝票を見返すが、依頼主は空欄のまま。でも馨でまず間違いないだろう。 一昨日は葵を突き放したというのに、こうして構ってくる。きっとまた離れてしまうとわかっているのに、彼が葵のことを考えていると知るだけで、どうしてこうも切なさが溢れてくるのだろう。 手紙を胸に抱くと、ぽろぽろと涙が溢れてくる。都古が見かねて背中をさすってくれるが、なかなかおさまりそうになかった。

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