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act.7昏迷ノスタルジア<7>

生徒指導室は、職員室と同じフロアにある。授業中に京介が堂々とその前を通ると、気が付いた教員がこちらに近づいてきた。運悪く、体格のいい京介相手にも怯むことなく説教を垂れてくる生徒指導の男だ。 「西名、またサボってんのか」 見てわかることをわざわざ答える気にもならない。京介が無視を決め込んで歩き続ければ、比較的小柄な部類に入る彼は走って追いかけてきた。頼むから今はこれ以上苛立たせないでほしい。そんな願いも虚しく、強い力で腕を引っ張られる。 だが、京介がそれを振り払うべく拳に力を入れたところで、もう一人、職員室からよく知った人物が顔を出した。 「先生、西名の指導はこちらに任せていただけますか」 丁寧な口調だが、端々に自然と人を見下したような空気が感じられる嫌味な声。この学園のトップになる前から、彼はこうだった。 「礼はいらない」 京介を教室まで送り届けると教員を納得させた忍は、ごく当たり前のように言ってのける。感謝している前提なのは癪だ。そう言い返せば、彼は小さく笑った。 京介よりも数センチは身長が低いはずなのに、堂々とした立ち居振る舞いのせいか、隣に並んでもさして変わらない印象を与えるのが不思議だ。 「一ノ瀬のこと?」 「いや、カラスの件だ。お前は嫌がるかもしれないが、明日にでも登校許可はおりる」 職員室にいた理由を問えば、忍は都古の名を出してきた。葵の気を引くための冗談かと思ったが、どうやら本気で謹慎期間の短縮を調整していたらしい。 「少し付き合え」 そう言って忍は、教室のある棟への渡り廊下ではなく、外へ出ようとする。向かう先は大方、生徒会室のある特別棟だろう。 「教室まで送るんじゃねぇの」 「エスコートがお望みなら後でしてやる」 年不相応な色気のある顔を京介に向けられても困る。授業に出るよりはマシだが、この男と二人で会話するのはどうにも気が進まなかった。しかし彼の中では既に決定事項のようで、予想通り、生徒会室の方角へと迷いなく進んでいく。仕方なく、京介もその後をついていった。 他の場所に比べて、一際豪華な造りをした生徒会室。冬耶が会長だった時代も、そして今も、京介はこの部屋にはあまり積極的に足を踏み入れようとはしなかった。 京介自身は役員とは程遠い存在だし、何より華美な装飾が居心地悪い。窓際に置かれた革張りのプレジデントチェアに堂々と座る忍とは、人種が違うのだ。 「一ノ瀬は、今のところ病欠、ということにしている。迂闊に外で名前を口にするな」 弾力がありすぎるソファに京介が腰を下ろしたのを見計らって、忍は開口一番、苦言を呈してきた。さっき職員室前の廊下で京介が一ノ瀬の名を出したのは、たしかに浅はかだったかもしれない。

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