896 / 1393

act.7昏迷ノスタルジア<8>

「葵はどうしている?」 忍の本題はこちらだったようだ。さっきとは打って変わって、葵の名を口にするだけで、眼鏡の奥の目が優しく薄められる。 「……どうって。まぁ、元気ではねぇな」 「そうか。無理もないな」 今の葵を嘘でも元気だとは表現できない京介に、忍は残念そうに吐息を漏らした。その仕草もまた、彼を慕う者は色っぽいとでも表すのだろう。 昨日に比べれば熱は引いたものの、頬の赤みが引いた分、今朝方の葵は今にも倒れそうなほど青白い顔をしていた。寝不足を示すように目の下にうっすらとくままで浮かんでいる。 寝不足の原因はわかっていた。真夜中に悪夢のせいで目を覚ましてから、ずっと眠れていなかったのだ。京介はいつものように抱きしめ、キスをして寝かしつけようとしたが、葵がそれを嫌がった。 当然だが、あの日のように、強引に抱こうとしたわけではない。ただ戯れ程度のキスで落ち着かせたかっただけ。普段なら葵からも求めてくるはずの行為だ。でも昨晩は違った。震える手は京介に伸ばされることなく、ただ己の体を抱き締めて、葵は丸くなるだけだった。 大切に大切に守ってきた葵が、汚い手で触られた。それすら腹立たしいのに、今まで葵と積み重ねて来たものまで穢された気がして、一ノ瀬への怒りは治りそうもない。 「お前も休むかと思ったが……傍にいなくていいのか?」 出席日数に響かないように手配するぐらいはできる。忍はそうも付け加えて来た。全て葵のためとはいえ、都古のことといい、彼がそんな提案をしてくること自体、京介には意外だった。 「俺が休むと、あいつが気ぃ遣うから」 「なるほど、確かに予想がつく」 葵の性格は、忍も理解しているようだ。京介の返事を受けて、納得したように頷いた。 もちろん、都古が謹慎中でなかったら、寄り添ってやっていたと思う。今の葵を一人になどしておけない。そこまで考えてふと思い立つ。 「なぁ、調整してもらってわりぃけど、都古休み続けると思うわ」 「葵が登校できるまで、か?」 こんな状況になる前なら、都古は喜んで謹慎を切り上げて学園に戻ってきただろう。でも今は大切な主人が学園には居ないのだ。彼にとって戻る意味がない。忍も薄々は感じていたのだろう。大して驚きはせず、少し呆れた顔をしてみせただけだった。 「まぁいい。休んだ分だけ、登校した時の補習の量が増える。覚悟しておけと伝えてくれ」 それより、と忍は続けた。 「一ノ瀬の問題が解決したら、葵は登校できる。そう考えていて問題ないか?」 「どういう意味?」 回りくどい言い方が苦手な京介にとって、本心をストレートにぶつけず、感情も読みにくい彼と会話するのは難しい。仕方なく尋ね返すと、彼はもう少し分かりやすい表現へと言葉を変えてきた。

ともだちにシェアしよう!