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act.7昏迷ノスタルジア<12>
「あーちゃん、ノートなくしたって言ってたんだよな。十日の昼から放課後までのあいだ」
葵の筆跡を収集するには幸樹の読み通り、誰もが閲覧できる議事録が一番楽だろう。だが、七瀬や都古から聞いた盗難の話も今回の件に無関係とは思えなかった。
「ほな、あとで調べてみます」
「うん、まぁそれですぐにボロを出すとも思えないけどな。よろしく」
今回の黒幕は自分で手を下さず、他人を使おうとする人物。無駄足になる可能性は高い気もしている。
「あぁ、あとコレ」
幸樹はそう言って冬耶に手を差し出してきた。そこにはSDカードが乗せられている。
「複製はされてないはずや。そんな時間も余裕もなかったやろうし」
あの暴行の様子をおさめた映像データがこの中に入っているのだろう。幸樹から受け取ったそれを、冬耶はそのまま握りつぶしたくなる気持ちを必死に抑えた。
「西名さんは観ないほうがええと思うで。確認したいことあるなら、俺がまた観とくし」
冬耶の体の震えを察した幸樹が気遣わしげに言葉を重ねてきた。
葵が何をされたのかは、すでに映像を確認した幸樹からテキストで教えられている。文字だけでも怒りで我を失いそうだったというのに、泣き叫ぶ葵の姿を目の当たりにしたら自分がどうなってしまうのか想像もつかない。
冷静な“兄”でいられる自信も正直ない。だが、避けるわけにはいかなかった。
「あーちゃんが味わった痛みはきちんと知っておきたいから」
そうでなければ、本当の意味で葵を慰めてやることなど出来ない。そう思う。
「一ノ瀬だけちゃう。若葉も藤沢ちゃんに……」
「あぁ、わかってる」
その若葉から葵を取り返したのは他でもない、冬耶だ。気になったのはあの獣のような男が自分のパーカーを葵に羽織らせ、側近の手も使わずまるで慈しむように自らの腕で抱きかかえていたこと。その理由も映像から解明できるかもしれない。
「若葉のやつ、連休明ける前に“ナオ”と“アオイ”に興味持ったっぽくて」
「なっちとあーちゃんのこと、だよな?」
「十中八九」
どうやら今回の事件が起こる前にすでに若葉は葵に関心を寄せていたらしい。
「なっちは死守しろよ、上野」
葵は言わずもがな、奈央も冬耶にとっては可愛すぎる後輩だ。彼を大切に思うのは幸樹も同じようで、茶色の瞳を真っ直ぐにこちらに向け、力強く頷きを返してきた。
「今まで藤沢ちゃんがターゲットにならんかったのが不思議なくらいやけど」
冬耶と若葉の確執を身近で見てきた幸樹の疑問はもっともだろう。冬耶の一番の弱点である葵が狙われないよう最大の警戒を払ってきたというのに、彼は葵には全く見向きもしてこなかった。
「俺が卒業するのを待ったのかもな。わざわざ留年までして」
「せやけど、このタイミングっちゅーのがどうにも、なぁ」
冬耶もそれには同意だった。若葉にとって邪魔な存在である冬耶が卒業してすでに一ヶ月半経っている。謹慎期間中だったとはいえ、それを律儀に守るような男でもない。
「九夜とも話をつけるから」
そこで真意を問いただすつもりだと告げれば、幸樹はそれ以上この話を続けようとはしなかった。
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