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act.7昏迷ノスタルジア<15>

「櫻はどうした?一緒じゃなかったのか?」 顔色まで悪くなった奈央の気を紛らわせるために、櫻の名を出してみる。彼らは同じクラスゆえに、生徒会の活動には揃って現れることが多い。 「音楽室の鍵、借りに行ってる」 「あぁ、なるほど。もういっそ複製すればいいだろうに」 学園内に音楽室は三つあるが、その一つはほぼ櫻専用と化している。本来堂々と部活動で利用できる立場である吹奏楽部や合唱部側が櫻に気を使っているのだ。規約には反するが、櫻が合鍵を作ったところで誰も文句は言わないだろう。 「それはルール上ダメだって言ってるんだから。そそのかしたりしないで」 どうやらごく身近に文句を言う人間がいたようだ。口うるさい友人が傍で見張っていれば、さすがに櫻も悪さはできない。 奈央が自身と忍のカップを並べ、コーヒーを準備し始めたのをみて、忍はデスクから離れ、ソファーセットへと移動した。 ケトルでお湯を沸かす間に、ドリッパーにコーヒー粉を注ぐ奈央の手元を眺めながら思い出されるのは葵のこと。一番年下の彼が普段はその役目を担っているからだ。 「葵くん、来週からの中間試験、心配してるんだってさ」 奈央も同じことを思ったのかもしれない。どこからか得た今の葵の情報を共有してくれる。 「そう、か」 こんな時すら勉強のことを考えているなんて真面目にも程がある。普段ならそう呆れてみせるところだが、忍は葵の家庭事情に触れてしまった。 葵が勉強に必死なのは、奨学生の基準を死守したかったからで、それはきっと西名家の負担を少しでも減らしたかったからだろう。健気な葵に対して、ますます愛しさが溢れてくる。 「勉強なら力になってやれるかもしれないな。様子を見がてら、試験勉強に付き合いに行くか?」 事件の翌日でさえ葵は登校する意思を見せたというが、周りがそれを許さないだろう。忍も登校させるにはまだ時間が必要だと感じる。とはいえ、しばらく葵に会えないのは耐え難い。だからそんな提案が口をついて出てきた。 「そう、だね。いい考えだと思うけど……」 「なんだ、西名さんが反対しそうか?」 「あぁ、いや、そうじゃなくて」 奈央は湯気の立ち上るカップを二つ持って向かい座るが、歯切れはどうにも悪い。

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