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act.7昏迷ノスタルジア<17>
* * * * * *
冬耶ときちんと話してみる。葵は確かにそう言ったはずなのに、朝受け取った制服の包みは今ベッドの下に押し込まれている。
“ちゃんと言うから”
それまでは黙っていてほしい、という意図を汲んで都古は頷いたけれど、果たしてこのままで良いのだろうか。机に向かい数学の問題を解き続ける葵の横顔を見ながら、都古はひたすら悩み続けていた。
そもそも、明らかに体調が悪いはずの葵が勉強に励むのも止められなかった。勉強している間は何も考えなくて済む、そんな風に言われてしまえば、常に傍に寄り添い、時折休憩をさせるのがせいぜいだ。
自分は葵の支えになれているのだろうか。不安で堪らない。
「飯、出来たって」
葵と二人きりの静かな時間に突然割って入ってきたのは京介だった。いつもはがさつな彼も、さすがに今の葵の状態を考慮してか、ゆっくりと扉を開け、顔を出してきた。
「お前、昼飯食わなかったんだって?」
「アイスは食べたよ」
「それは飯って言わねぇの」
葵が体調を崩した時は毎回似たような会話が繰り広げられている。京介が葵の頬を軽くつねって、葵がそれをくすぐったそうに受け止めるのもいつも通り。でもわずかなぎこちなさがそこにはあった。
都古が葵にキスをやんわりと拒まれたように、京介も似た目に遭ったのかもしれない。日常だった触れ合いはあの夜を境に変わってしまった。
「スープは?あの、なんだっけ、具がたくさん入ったトマト味のやつ」
「ミネストローネ?」
「そう、それ。好きだろ?」
まだ通常の食事はとれないことは想定済みだったのだろう。少しでも食べやすいものを用意したと京介が伝えても、葵は立ち上がる素振りを見せない。
「アオ、少しだけ、食べよ?」
無理強いはしたくないが、何も口にしないままでは体の回復が遅れるばかり。都古も後押しをしてようやく、葵は頷いてくれた。
左足首の腫れはまだ引いていない。移動のため、都古が葵を抱えると、京介は一瞬恨めしそうな目を向けてきたが、咎めることはしてこなかった。今葵の前で、どっちが葵を抱き上げるか、なんて争うべきではないと判断したのだろう。
結局葵が食べたのはカップに盛られた半分の量だった。それでも安心したのか、作り手の紗耶香が嬉しそうに葵を褒めた姿が心に残る。
都古は直接目にしてはいないが、我が子が暴行されたと知った彼女が相当に怒り心頭の様子だったことは伝え聞いていた。気の短い陽平や京介が宥める側にまわったというのだから余程だろう。血は繋がっていないが、彼女はれっきとした葵の母親。きっとそれがまっとうな反応なのだと思う。
都古は目の前の家族を見つめながら、複雑な気分になっていた。
“ごめんなさい都古さん。でも、どうか耐えてちょうだい。”
都古はかつて母だった人に助けを求めたことがあった。だが彼女は涙を流しながらも、都古に犠牲を求めた。都古さえ黙っていれば全て丸く収まるから、と。それは優しい母だと思っていた存在からの大きな裏切りだった。
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