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act.7昏迷ノスタルジア<19>

* * * * * * 「どうされますか?若」 後部座席に寝転がり携帯ゲーム機をいじる若葉をミラー越しに見やりながら、側近徹が声を掛けてくる。 「あー?ナニが?」 ゲームの手を止めずに答えれば、運転席からあからさまな溜め息が返ってきた。主人に対し、本当に態度の悪い部下である。 「今夜は寮に戻る、でよろしいですね?」 最初は若葉に選択権があるような聞き方だったが今のは違う。彼はどうしても若葉を学園に戻らせたいらしい。常に冷静な彼の働きぶりは評価しているものの、たまに若葉の理解できないこだわりを見せるところは厄介だ。自分の後悔を踏まえて、らしいが、若葉に学園生活を楽しんでほしいと願ってくるのだ。 若葉のような家柄の人間がなぜ良家の子息ばかりが集まる学園に籍を置くのか。そこに利益があるからに他ならない。初めから学生として暮らすことなど想定外。両立などできるはずもないし、する気もない。拠点を寮に置くことで家側の動きに俊敏になれないというデメリットすらある。それを徹は十分に理解しているはずなのだが、何度議論しても彼は折れそうもない。だから最近はもう相手にしないことに決めていた。 「夕飯やってないから。腹空かせちゃうでしょ」 家で自分の帰りを待つ猫の存在を仄めかすと、徹の溜め息がさらに深くなった。言いたいことはわかっている。外出の多い若葉の代わりに、舎弟の一人に猫の世話を任せてはいるのだ。若葉が帰らなくとも構わない、と言いたいのだろう。 「登校なさると思ったんですけどね。あの方に随分興味をお持ちのようでしたから」 「それ、テツじゃね?やり損ねたってキレてたじゃん」 彼が“あの方”と評したのは葵のことだ。倉庫から連れ出し、二人がかりで遊んでやろうとした矢先に冬耶という邪魔が入り、中断させられた。葵をあっさり手放した若葉の行動を、珍しく乗り気だった彼が恨んでいるのは知っている。 「若に言われたくありませんよ。わざわざあの変態の家にまで行くなんて」 徹は不服そうに言い返してきた。 たしかに若葉は昨日、葵を捕らえていた教員の自宅を割り出し、足を運んだ。その過程で、彼が“一ノ瀬”という名の生物教師だったことを初めて知ったが、若葉にとってはどうでもいい情報だ。 あの夜遭遇した冬耶は、元凶が若葉であるとすっかり思い込み、今までで一番殺意のこもった目を向けてきた。少なからず葵に手を出したのだから、そのことで恨まれるのもどうでもいい。一ノ瀬に対して、濡れ衣を着せられた恨みを感じているわけでもない。

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