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act.7昏迷ノスタルジア<20>

ただ、若葉には気になることがあった。 葵を倉庫から連れ出した際、視界の端でわずかに影が動いたのが見えた。姿を隠したところから察するに、どうやら葵を探していた生徒たちではないようだ。夜も更けた時間、寮とは離れたあんな場所に居た人物は何者か。 そして葵と合意の上だと言い張っていた一ノ瀬の態度も引っかかる。 違和感の正体を探りたくなり、若葉は一ノ瀬の自宅を訪れたのだ。 彼の部屋には十年近く前から撮り溜めていたと思われる葵の写真が溢れていた。葵への執着を目の当たりにすれば、あのような凶行に及んだこと自体はおかしくないとは感じた。だが、部屋に散らばっていた段ボールの空き箱に書かれた日付を見て、自分の違和感が確信に変わっていった。 いずれも数日以内の日付。伝票から判明した箱の中身は、葵の体を拘束していたベルドや、玩具の類。元々集めていたわけではなく、最近買い揃えたことがわかっただけで十分な収穫だった。 写真を撮るだけで満足だった男が何かをきっかけに、葵との妄想をこじらせた。それは何だったのか。 ──さて、いくら引っ張れるかネ。 真相を突き止めてヒーローになる気はさらさらない。その先に金の匂いがするから動いているだけだ。 一ノ瀬を操った黒幕は、学園に通う生徒の誰かでまず間違いないだろう。家の規模にばらつきはあるものの、生徒は皆一般家庭よりは遥かに金を持っている。若葉が脅しを掛ければ、己の悪事が表沙汰にならぬよう幾らでも金を積んでくるはず。 今回の件だけではない。今までもそうして学園内で感じた異変を嗅ぎつけては、秘密裏に利益を得てきた。それがこの学園に居る最大の理由だ。 若葉のような家柄の人間が入学を許されたこと自体も闇が深い。家同士の弱みの握り合い。そのジョーカーとして投入されたと言っても過言ではない。依頼を受けて動くこともある。ただ学園側の誤算は、若葉を金だけで手懐けられると甘く考えていたことだろう。入学直後から今に至るまで気ままに暴れる若葉の姿を見て、彼らは激しく後悔しているらしい。若葉からすれば餌が無防備にうろついているようなもの。みすみすこの檻から出るつもりはない。 一ノ瀬の話もそうだ。黒幕から限界まで金を搾り取ったあとで、冬耶にその情報を売り払ってやってもいいだろう。己のプライドを殺し、若葉に屈服する冬耶の姿を想像するだけで笑みが溢れる。 ただ、若葉も今回のこの筋書きが甘いことは自覚している。相当な人数が居たにも関わらず、近くに居た葵一人見つけ出せなかったことを馬鹿にはしたが、彼ら、特に冬耶や幸樹の賢さは知っている。 幸樹が一ノ瀬を捕らえ、直接聴取をしているというし、若葉よりも先に真実に辿り着く可能性は十分にある。のんびりはしていられない。 幸い、若葉には真犯人の候補に心当たりがあった。

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