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act.7昏迷ノスタルジア<21>
「テツ」
「だから申し上げたじゃないですか。“今夜は寮に戻る”、で?」
ただ名を呼んだだけなのに、徹はその先を読んでみせた。若葉が多くを語らずとも話が進むところは便利であるものの、口角を微妙に上げた表情はなんとも腹が立つ。
沈黙は返事の代わりになる。徹が寮の方向へとハンドルを切ったのを見届け、若葉はゲーム機の電源を落とした。
あいた手で取り出したのは、昨日一ノ瀬の部屋で手に入れた写真。そのうちの一枚を、車内に差し込むわずかな光を頼りに観察する。
中等部の制服を纏い、木の幹に凭れかかっている葵は冷たいとさえ思える色の無い表情を浮かべてどこかを見つめていた。たまたま切り取られた一瞬なのかもしれないが、若葉にとっては少し意外な姿だった。
そして、学園で見かけた時もあの夜も感じることのなかった不思議な感覚がこの写真で呼び起こされた。見覚えがある、といえるほど確かなものではないが、胸をざわめかせる何かを感じるのだ。
「もう一度お会いすればはっきりするのでは」
一ノ瀬の家から写真を持ち出した行為を、徹ははじめ茶化してきた。しかし若葉が引っかかりを感じていることをようやく察したようだ。
「いやぁ、どうだろ」
「どこかで接したことがあるとか、そういう類のものではないのですか?」
「それがわかんないんだよネ」
自分の中のいつ頃の記憶とリンクしたのかもあやふやだ。だが、ここまで考えて答えが出ないということは、かなり昔の話なのかもしれない。そうなるとますます不思議なのだ。
若葉は中等部からこの学園に入学した。それに、留年中の若葉と葵の差は今一学年しかないが、本来は二学年違う。葵と交わる機会などほとんどなかったはず。
「まぁ、無駄ってことはないか」
冬耶や幸樹は若葉を最大限警戒しているに違いない。さすがに事件直後、葵を一人にすることもないはず。接触は困難だろうが、いつまでも靄のかかった記憶に捕らわれているのも不快だ。
「その時はお供します、若」
「欲求不満かよ」
葵と接するときは自分も、とアピールしてくる徹にはほとほと呆れさせられる。若葉への忠誠心からでなく、一昨日の夜の続きを期待しているからだろう。この男が性的な欲を惜しげもなく滲ませるなんて。珍しいこともあるものだ。
ただ、若葉も似たようなものだ。あの晩、葵と触れ合って中途半端に高まった気を鎮めるために適当な相手を見繕った。だが、見た目もプレイもそれなりに好みだったはずの相手との行為は、若葉を満足させられなかった。
“たすけて、おねがい”
猫のような金色の目に涙を溜めて、必死に縋り付いてきた葵。その体を抱きしめてやると安心したように胸元に擦り寄って目を細めていた。思い出すだけで、あの夜の熱がぶり返しそうだ。
次に葵を捕らえたらそう簡単に逃してやれないだろう。いつか、に思いを馳せ、若葉は後部座席からようやく身を起こした。
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