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act.7昏迷ノスタルジア<27>
「行かない。ここでがんばるって約束したから」
それでも葵は抗おうとした。空港で泣きじゃくってしまい、“笑顔で見送る”という約束は果たせなかったから、せめて遥と交わしたこの約束は守りたい。
「でもあーちゃん。我慢しないことも“がんばる”だよ。自分の気持ちに素直になって、それを口に出して伝える。たくさん練習してきただろ?」
練習を思い起こさせるように、冬耶は葵の体を包む腕を緩め、正面から向き合う体勢に抱え直してくる。いつもは葵が望めば、仕方ないという素振りで話を終わらせてくれるというのに、今夜はどうしても許してはくれないらしい。
「さぁ、あーちゃん。がんばってみよっか」
こつんと額を合わせ、囁かれる言葉。何かが決壊していく音が聞こえる気がした。
「……真っ暗で、こわかった。声が出せなくて」
「うん」
「こわかったの」
一言目が出てしまえば、後はもう自分の意思でコントロールすることなど出来ない。あの日目覚めた時に感じたものをただ羅列して、目の前の冬耶にぶつけていく。遮ることなく優しく先を促されると、涙まで溢れて止まらなくなった。
「いっぱい、呼んだのに。たすけて、って」
何かを口に詰められていたせいで、葵の声は誰にも届かなかった。それでも、気付いてほしかった。大好きな人達を思い浮かべてその名をめいっぱい叫んだ。もちろん冬耶のことだって、何度も何度も呼んだのだ。
けれど、まだどこか冷静な自分は、冬耶を責めてはいけないと訴えてくる。届くはずのない声を拾って、もっと早く見つけてほしかったなんて、どうにもならない我儘だ。
葵が馨を追いかけて生徒会を飛びださなければ。一ノ瀬から差し出された手を馨のものだと思い込まなければ。こんなことにはならなかった。
「ど、して……おに、ちゃん」
自分に非があると分かっているのに。それでも冬耶の胸を叩いてしまう。助けてくれた相手にあんまりな仕打ちだ。でもただひたすら甘い目をして髪を撫でてくれる兄に全力で寄りかかることしか出来ない。
それからどのぐらいのあいだ泣き続けただろう。
いつのまにか吐き出したい言葉もなくなって、最後はただ“こわかった”を繰り返した気がする。泣きすぎて喉の奥が鈍く痛む。冬耶のシャツの胸元には葵の涙の染みと、しがみついたせいでついた皺が浮かんでいた。
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