917 / 1393

act.7昏迷ノスタルジア<29>

* * * * * * 青空模様の室内は葵の好きなもので溢れている。その代表格とも言えるうさぎのぬいぐるみと共にベッドに転がっているのは黒猫。浴衣からはみ出た足は変色した痣だらけで痛々しい。 「あいつ、兄貴と寝んのかね」 二人きりの沈黙に耐えかねて、思わず口を開いてみたものの、都古からは感情の読めない視線が返ってきただけだった。 少し前に階段を上る足音が聞こえたから、京介はこの部屋の扉が開くことを信じて待っていた。だが、足音は部屋を通り過ぎ、廊下の奥へと消えていってしまった。冬耶が葵を自室に連れて行ったことは明らかだった。 都古も当然京介と同じ予想を立てたはず。それなのに、彼は一度起こしかけた体をベッドに沈め直し、ただ静かに瞬きだけを繰り返している。普段は我儘なこの猫が葵を追いかけないのには、何か理由があるのだろう。 そもそも、冬耶が黙って葵を自室に連れて行くこと自体、不自然だ。二人が葵の帰りを待っていることを知っているのだから、連れて行くにしても一声掛けるに違いない。 心当たりならあった。京介たちは二人共が形は違えど、葵に性的な手出しをしている。不本意ながら、一ノ瀬からの行為を呼び起こしかねない存在であることも自覚していた。実際、葵からは“おまじない”を拒絶されたばかり。 その点、冬耶は葵に対して兄としての愛しか表現せず、プラトニックな関係を貫いている。今の葵にとっては京介よりも安心できる存在なのかもしれない。悔しくて堪らないが、今ここで無理に葵を説得しようとしてもいい結果に結びつかないように思えた。 葵が戻らないとなればこの部屋に留まる理由はない。京介が居ると都古がうたた寝すら出来ないことも知っているから尚更だ。 だが、葵抜きで都古と二人になる時間はある意味貴重だ。応じるかはともかくとして、この機会に彼へ伝えたいことがあった。 「なぁ、お前明日から登校していいってよ。会長が短縮してくれたんだと」 リアクションはおおよそ予想がついている。行かないとか、葵の傍に居るとか。何にしても登校の選択肢は彼にはないだろう。 だが都古はその意思表示すら億劫といった調子で、ただ無言でこちらを一瞥しただけだった。“分かりきったことを聞くな”と顔に書いてある気がする。ここまで来ると清々しい。葵が居ないといつもこうだ。

ともだちにシェアしよう!