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act.7昏迷ノスタルジア<35>

「アハ、誤魔化せてると思ってんだ。ツメが甘いんだよなぁ」 そう言って若葉がパーカーのポケットから取り出したのは、見覚えのある茶色のガラス瓶。セックスドラッグとして未里が愛用しているもの。そして、葵との行為を促すために一ノ瀬への手紙に同封したものでもあった。きっと現場で若葉に発見されてしまったのだろう。 「足が付きそうなもん回収してやったんだから、感謝しろよ?手貸す以上、お前のヘマに巻き込まれんのはやなの。とりあえず、何やったのか全部吐いちゃいな、未里チャン」 もう言い逃れは出来ない。それに若葉は協力する意思を見せている。この男に自分の運命を委ねるのは危険な賭けであることは分かっているが、この場で打開策など浮かぶはずもない。 仕方なく、未里は一ノ瀬への一連の悪戯を若葉に打ち明けた。彼にとってはすでにある程度予想はしていたことらしく、未里の話を聞いても驚く素振りは全く見せなかった。 「しっかし、下衆だねぇお前。あんなド変態差し向けるなんて」 「……あそこまでやばいなんて思わなかった」 これは本音だ。ただ少し葵が怖い目に遭えばいいと思っただけ。常に葵を取り囲む男たちがいずれ助けに入るとも考えていた。 けれど予想に反し、葵の失踪を知った彼らは校内ではなく、校外を中心に探し回っていたようだ。未里だって誤算だったのだから、一ノ瀬が起こしたこと全ての責任を押し付けられるのは勘弁してほしい。 「んで?俺にはナニしてほしーの?」 改めて若葉に問われ、未里は答えに窮した。 常に奈央を観察しているから、彼が葵に特別な感情を寄せていることなどすぐに分かった。決して自分には向けられることのない甘い笑顔。悔しくて堪らないが、もしも葵が奈央の愛情に真摯に応えていたのならばまだ許せただろう。 けれど、葵は奈央だけでは飽き足らず、沢山の男に囲まれて幸せそうに過ごしている。あの脳天気な笑顔を壊したかった。あのあと葵を見かけていないから憶測に過ぎないが、その目的は一ノ瀬が十分に果たしてくれたように思えていた。 未里が一番恐ろしいのは、奈央にこの悪事が知られ、軽蔑されること。いくら若葉が協力を名乗りでてくれたとて、今派手な動きをすればリスクだけが大きくなる。 「なんだ、ビビってんのネ。面白くねぇな」 黙り込んだ未里に対し、若葉はそう言い捨てて煙草を咥えだした。静かな室内に、少し癖のある香りの煙が広がっていく。闇夜に映える赤髪と、月のような色をした瞳。恐ろしい存在ではあるが、黙って窓越しに夜空を見上げる横顔は妙な色気を感じさせる。 「ねぇ、ほんとに今日はヤらないの?」 金を払っているとはいえ、この狂暴な男が自分を抱き、そして快感を得ている。その事実は未里の自尊心を満たしてくれていた。でもそれだけではない。暴力的ではあるものの、遊び慣れた彼との行為は他の誰とするよりも未里を絶頂に導いてくれる。 彼の横顔に思わず未里は誘いをかけてしまう。

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