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act.7昏迷ノスタルジア<36>

「クソビッチ」 ちらりと一瞥した若葉は口では未里を罵倒したけれど、煙草を持たないほうの手を広げてくれる。いつもはベッドに放り投げられ、背後から貫かれるだけのセックスばかり。こんな風に正面から若葉と抱き合うことなど初めてだった。 ベッドに上がり、逞しい体に腕を回す。若葉が葵を抱き上げていた時に感じたのは、間違いなく嫉妬だった。でもあれは若葉にとって別に特別なことではなかったのだ。未里のこともこうして抱き締めてくれた。 若葉からの思わぬ抱擁は未里の心を弾ませる。だからすぐには若葉の思惑を悟ることなく、大人しく身を任せてしまった。 未里の背中に回ってきた大きな手は、そのまま腰を撫で、臀部に辿り着いたまではいい。その手がデニムのポケットに差し込まれた感触に、ようやく違和感に気が付いた。 「あーらら。やっぱりネ」 未里が身を離すよりも、若葉のほうが素早かった。彼の手元にあるのは未里の携帯。当然、ボイスレコーダーを起動していたことはすぐに知れてしまった。でも若葉だって未里との会話を録音していたのだ。その行為自体を責められる謂れはない。 「ゲロった音声、自分で撮っておくなんて、変わってんネ」 若葉に言われて状況を理解する。一ノ瀬に手紙を出したのは自分であると、若葉に説明していた。このデータを握られると非常にまずいことになる。 「………うぁッ」 慌てて若葉から携帯を取り返そうとしたが、彼は顔色一つ変えず未里の腹部に拳をめり込ませてきた。当然体はベッドから転がり落ちる。 最初に感じたのは衝撃と、呼吸が出来ない苦しさ。必死で酸素を求めるうちに、じわじわと鈍い痛みが広がっていく。 「これからも仲良くしようネ、未里チャン。バイバイ」 そう言い残して若葉は部屋を出て行った。腹の痛みが落ち着くのを待って、シーツの上に放り投げられた携帯を確認したが、やはりデータは移し替えられたのか、しっかりと消去されている。操作にはパスワードが必要なはずだが、きっと若葉はどこかで未里が携帯を操作する様子を観察して把握していたのだろう。 力に物を言わせるだけではない。狡猾で抜け目のない男。未里がまともに対峙できるレベルの相手ではなかったのだ。 後悔してももう遅い。若葉の獲物になった生徒の末路はよく知っている。次は自分の番。 若葉からの搾取が始まることを想像し、未里は恐怖を堪えるように唇を噛み締めた。

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