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act.7昏迷ノスタルジア<37>

* * * * * * 葵が書庫から消えた日から三日が経った。登校するなり葵の教室を覗きに行くのはもはや習慣になりつつあったが、そこにはあのブロンドヘアの小さなシルエットは見当たらなかった。常に傍に寄り添う黒猫も同じく、だ。 「今日もお休みだってさ」 唯一居たのは、葵よりもさらに小柄な七瀬だった。廊下から顔を覗かせた爽に気が付き、近付いてきてくれる。ただでさえ垂れ目なのに、朝は一段と眠そうに見えた。明るい茶髪の巻き毛をいじりながら、なんて仕草も気だるさを助長している。 「“風邪”なんかじゃないっすよね。これでもう三日っすよ」 「葵ちゃんの体の弱さ、ナメないほうがいいよ。このぐらいの休みはしょっちゅうだから」 「でも……」 都古の怒り狂った姿を目の当たりにしたのだ。葵に何があったのかは、なんとなく想像出来てしまう。都古がしきりに口にした“九夜”という男がきっと葵を傷つけた。でもその経緯も、葵の現状も、誰も爽に教えてくれない。 「そっちは?いつもの相棒はどうしたの?」 「一人で仕事行っちゃいました」 「……ふーん」 聞いてきたくせに気のない返事。可愛い顔をしているくせに平気で辛辣なことをいうこの先輩が、爽は少しだけ苦手だった。だから七瀬が次に提案してきたことには驚かされる。 「じゃあ今日は一緒にお昼食べる?どうせクラスに友達いないでしょ。多分京介っちも来るんじゃないかな」 “友達がいない”は余計だが、声音に含まれているのは間違いなく爽への気遣いだった。急に仲間に割り込んだ爽たちのことを、どちらかといえば疎ましく思っていると感じていたのに。 「あのさぁ、なんか勘違いしてる?七は別に君たち嫌いじゃないよ。都古くんを無駄に煽るのはやめてほしいけどさ、葵ちゃんと仲良くしてくれてるのは嬉しいから」 葵とは中等部からの付き合いだという七瀬。破天荒に場をかき乱しがちな人ではあるが、彼が葵を大切に見守っていることはよく知っている。そんな彼からストレートな言葉を掛けられれば、認められたような気がして嬉しくなる。 「けど、どうせ教えてくれないんすよね。あの日何があったか」 「意地悪したいわけじゃないよ。七も又聞きで分かんないことあるし、勝手なこと話せないだけ」 それは爽が一年生だからなのか。それとも葵との付き合いが短いからか。生徒会の手伝いを始めたとはいえ、“一般生徒”だからか。理由は分からないが、まだ彼らとの間に大きな隔たりがあるのは確か。歯がゆくて堪らない。 「ま、多分食堂にいるから。気が向いたらおいでよ」 七瀬はそう言い残して背中を向けてしまった。聖なしでこれ以上七瀬を引き止め、問いただすほどの意気地はない。 結局何の収穫もないまま一年のフロアに戻ろうと階段に向かえば、ちょうど京介が階下からのぼってくるところに出くわした。彼だけは登校を続けているらしく、校内でこのオレンジ色の髪を何度か見かけていた。でもまともに言葉を交わせていない。 “わりぃ。お前らと話してる余裕ねぇから” 葵が消えた翌日、聖と二人で京介を捕まえた際にこう言われた。覇気もなく、疲れ切った顔をされたらそれ以上は何も突っ込めない。だから今も、すれ違った京介と軽く目が合うだけで終わった。今朝もまだ元気がないように見える。

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