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act.7昏迷ノスタルジア<38>
「……はぁぁ」
午前中の授業の終わりを告げるチャイムが鳴った途端、爽は机に突っ伏した。今しがたの授業が辛かったわけではない。葵のことが心配で仕方ないのだ。相談しあえる存在、聖がいないことも大きい。
七瀬からの誘いに乗り、食堂に行きたい気もするけれど、また今朝のようにもどかしい思いをさせられる可能性が高い。聖なしで絡みに行くことも少し不安だった。
──食べなくていいか。
このまま次の授業まで大人しくしていよう。食欲も大して湧いていないのだからちょうどいい。そう考えて目を瞑ったところで、不意に肩を捕まれ揺さぶられた。犯人はクラスメイトの小太郎だった。
「……なに?」
「今日一人だろ?飯食いに行かない?今日の日替わり、唐揚げ定食だって」
今度のイベントで同じグループに決まってからというもの、気軽に挨拶をしてくるようにはなったが、昼食に誘われたのは初めてだった。聖がいないと自分はよほど寂しそうな人間に見えるのかもしれない。
無邪気に笑いかけてくる小太郎のことは、嫌いではない。最初は何か裏があるのでは、と疑う気持ちは否めなかったが、爽たちに対して本当に悪意の欠片も感じられない。けれど、だからこそどう振る舞えばいいのか分からなかった。
「唐揚げって気分じゃない」
「じゃあ購買でパン買う?それなら急ご!売り切れるよ」
「は?いや、だから」
そもそも小太郎と過ごすなんて答えた覚えはない。それなのに彼は強引に爽の腕を掴んで、立ち上がらせてくる。
「いいじゃんいいじゃん。オリエン行く前に仲良くなろーぜ」
恥ずかしげもなく紡がれる言葉。日に焼けた肌に映える白い歯を惜しげもなく見せる笑い方。見た目は似ても似つかないが、爽に真っ直ぐに向き合おうとしてくるところが何故か大好きな先輩、葵と重なった。だから小太郎の手を振り払うことは出来なかった。
連れ立って歩いていると、小太郎が先輩や同級生からひっきりなしに声を掛けられることが分かる。部活の繋がりだけでなく、交友関係は広いらしい。
「あとで変なこと言われても知らないからな」
「変なことってなによ?」
「同じグループになっただけでも、色々言われてたじゃん。面倒だろ」
暗黙のルールを破って葵にアプローチしているせいで、学園内から厳しい目で見られている自覚ぐらいはある。
グラウンドに面したベンチに並んで腰を下ろしている、今この状況すらきっと噂の種になるだろう。勝手に小太郎が連れ出してきたのだから、爽が気に病む必要はないのだが、それでも言わずにはいられなかった。
「あぁ、絹川ファンだっていう先輩からは声かけられたな。モデルしてる写真見せてもらっちった。待受にしてんだってさ」
「や、そういうんじゃなくて。分かるだろ、流れで。バカかよ」
爽たちの容姿を気に入っている生徒が一部いることは知っているが、今したいのはそんな話ではない。脳天気に笑いながらパンを頬張り始めた小太郎に、つい言葉が荒くなってしまう。
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