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act.7昏迷ノスタルジア<41>

* * * * * * ──まるで牢獄、だな。 錆びついたチェーンの巻かれた門扉。施された華やかな装飾は時を経ても美しいと感じるけれど、宮岡の身長よりも遥かに背の高いそれは存在だけでも大いに威圧感を与える。小さな子供の視線からしたら尚更だろう。 門の奥にそびえる屋敷にかつては葵と、そして穂高が暮らしていたのだと思うと、複雑な感情が湧き上がってくる。 彼らは二人共まだこの屋敷での出来事に囚われ続けている。一日でも早く解放してやりたい。そのために宮岡が為すべきことは尽きなかった。 馨のかつての邸宅を離れ、宮岡が向かうのはすぐ隣の西名家。葵の怪我の経過を診てほしいと冬耶に頼まれ、仕事の合間を縫ってここまでやってきたのだ。 家主を失い朽ちる一方の藤沢家とは対照的に、西名家の邸宅には色とりどりの花々が咲き乱れ、手入れが行き届いている。ここに住む家族の温かな気質が垣間見えるような気がした。 チャイムを鳴らすとすぐに女性が出迎えてくれる。大学生の息子がいる年齢にはとても見えないものの、目元はあの兄弟どちらをも彷彿とさせた。 天井の高い開放的なリビングのソファでは、西名家の主が宮岡を待ち構えていた。先程兄弟は母似だと思ったけれど、目の前の彼は間違いなくあの二人の父親だと分かる。 「二人から色々聞いています。いつも葵を、ありがとうございます」 促されるまま彼の斜向かいに腰を下ろすと、そうして陽平から深々と頭を下げられた。 「いえ、本来なら初めにきちんとご挨拶すべきでした」 紹介を受けた京介が偶然宮岡の元に現れたとはいえ、元々は馨の帰国を知らせるため、宮岡から陽平に接触するつもりでいた。年不相応にしっかりしているおかげで、つい兄弟と話を進めてしまったものの、葵の治療や藤沢家のことに関しては陽平と話し合うのが筋ではあった。 「宮岡先生は、穂高くんのご友人、でいいんですか?」 「はい、それなりに長い付き合いです。あちらが友と思ってくれているかはさておき、ですが」 宮岡にはいつでも辛辣な穂高を思い浮かべ、余計な一言も加えてしまったが、それが陽平には親しさを示す証になったようだ。 「穂高くんの行方はずっと気掛かりだったから、久しぶりに名前を聞けたときは本当に嬉しかった」 「彼は、西名さんたちに合わせる顔がないと、そう言っていました」 「当時はああする以外の選択肢なんてなかっただろうに」 あの日孤独になったのは葵だけではない。穂高も同じだ。生涯忠誠を誓った小さな主人を置いて、海外に飛ばざるをえなかった。穂高はその時の無念さに深く傷つき、そして未だに自分を責め続けている。 「穂高くんも、うちの子にしてあげられたらよかった」 きっと陽平のこの言葉を聞いたら、穂高の心も少しは軽くなるかもしれない。 「あぁ、引き止めて申し訳ない。きっと葵が待ち侘びてる。先生が来ることを楽しみにしていたから」 おそらく陽平は宮岡と会話をするために、あえて葵を自室に待機させておいたのだろう。 先導を受けて上がった二階の一室をノックすれば、陽平の言葉を裏付けるように、弾んだ声が返ってくる。事件直後の葵は医師の宮岡であっても目を背けたくなるほど悲惨な状態だったが、声からは回復の兆しを感じられて宮岡を安堵させた。

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