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act.7昏迷ノスタルジア<46>
「ねぇ椿くん、今何してるの?」
「適当にふらふらしてるよ。……で、俺は昨日の話、聞きにきたんだけど」
久しぶりに姿を見せた椿を前にして興奮気味の彼女を放っておくと、延々と質問が続きそうだ。だから椿はそれを強引に遮り、すぐに本題に入った。
施設を出てから、久美子とは電話で数度連絡をとってはいたけれど、直接顔を出す気など全くなかった。だが、昨日久美子から連絡を受け、重たい腰を上げた。
“椿くんのこと知りたいって人が来たの”
久美子は椿が何かトラブルに巻き込まれたのかと心配したようだったが、椿には訪問者の予想がついていた。
「こいつ?」
「あ、そうそう、この子」
少し遠くから撮ったものではあるが、特徴的な髪色もピアスもよく認識できる。椿が写真を見せて確かめると、久美子は間違いないと即答してみせた。
西名冬耶。やはり彼だった。
葵に接触した以上、いずれ椿の存在に気が付き、ここまで辿り着くだろうとは読んでいたが、予想以上に早い。おそらく、穂高経由で情報が流れたのだろう。
「こいつと何話したの?」
「電話でも言ったけど、椿くんと連絡とってるかって確認された以外は特に何も。さすがに私も知らない人に椿くんのことぺらぺら喋れないしねぇ」
言葉通り、ただそれだけの目的でここにやってきたとは思えない。むしろここに来た時点で椿のことは調べ上げているはずだ。それに、冬耶自ら現れたことを考えると、秘密裏に動く気もないのだろう。となると、彼の目的はおそらく椿との接触。
「ね、他にはなんか言ってなかった?俺への伝言とかさ」
「……あぁ、そうそう、もらってたわ。ちょっと待って」
「忘れっぽいにも程がない?昨日の話だろ」
慌ただしく職員用の部屋に向かう久美子の後ろ姿を見て、彼女の緊張感のなさに呆れてしまう。
昨日の電話でもそれは感じられた。はじめは突然現れた冬耶を警戒したようだったが、身なりにそぐわないほど礼儀正しい言動や、柔らかな物腰に少なからず絆されたようだ。葵のこともそうして騙したのだと思うと、冬耶への憎さが募る。
やがて戻ってきた久美子が差し出したのは、一枚のメモ用紙だった。そこには携帯番号だけが記されている。冬耶の連絡先なのだろう。
「この人とどういう関係なの?まさか椿くん、何か悪いことなんてしてないわよね……?」
遠慮がちではあるが、久美子の声には厳しさが込められていた。いつまでも椿の保護者のつもりなのかもしれない。
冬耶が善人そうな印象を与えたのならば、必然的に椿が何か悪事を働いて追われているのだと想像したのだろう。施設にいた頃、何度か補導されたこともあるし、そのたびに久美子に迷惑をかけてきたことは認める。だが、初対面の人間よりも信用がないとは酷い話だ。
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