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act.7昏迷ノスタルジア<47>
「このあいだ送ってくれたものも、ありがたいけどね。あんなに沢山、お金はどうしたの?」
「だから、それはやましい金じゃないって言ってるじゃん」
スーツと同じ理由で藤沢家から与えられたクレジットカード。上限額などあってないようなそれを使うのは、初めは楽しくて仕方がなかった。だが、ずっと憧れていたブランドの服や、アクセサリー、漫画やゲームを集めたところで、なぜか虚しさばかりが募っていった。
だから椿は子供向けの衣類や本、玩具を手当たり次第購入して施設に送りつけたのだ。善行がしたかったわけではない。他にプレゼントを贈る相手が思い浮かばなかっただけ。でもそれすら一度で飽きてしまった。
「外に停めてあった車、椿くんのでしょう?あれも、高いやつじゃないの?」
「自由に使っていいって言われてるんだよ」
「誰がそんなこと言うの」
事実を言っているだけなのに久美子の顔からは一向に心配の色は消えない。だから椿ははっきりと告げることにした。
「藤沢グループの社長さん。で、俺の父親」
「椿くんまだそんな……」
「本当だよ。俺はずっとそう言ってたのに、信じようともしなかったよね」
己の出自については母から言い聞かせられていた。だから椿はこの施設でも素直にその話を口にしたのだけれど、職員も、周りの児童たちも誰一人耳を傾けなかった。それどころか、大金持ちの息子だなんていう見栄っ張りな嘘をつく可哀想な子供のレッテルを貼られてしまった。
馨と撮った写真を幸せそうに見せてくれた母まで侮辱された気がして、悔しくてたまらなかったが、あの頃の椿に証明する手立てはなく、甘んじて受け入れるしかなかった。
大人になった今思い返せば、分かる。由緒ある一族の血を引いているだなんて椿の主張を、信じろというほうが難しい。それでも誰もが椿を嘘つきだと決めてかかった環境は、椿のその後に大きな影響を与えた。
生き延びさせてくれたことにはそれなりの感謝はしているものの、この場所を家だと思えない理由の一つがそれだ。
「……本当、なの?」
「気になるなら藤沢のホームページでも見たら?俺にそっくりの顔が載ってるから」
大人になった椿が改めて当時の話に触れたことで、ようやく久美子も察したらしい。
「それじゃあ、あの子は本当に?」
“藤沢”の名で久美子はこの施設で一時的に預かった存在を思い出したようだ。
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