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act.7昏迷ノスタルジア<52>

「……じゃあ、正解は?」 もう一度挑戦したら、きっと心臓が壊れてしまうかもしれない。だから葵は都古に答えをねだった。 筋張った手が葵の両頬を包み、もう一度、吐息を感じるほどの距離まで引き寄せられる。そしてゆっくりと唇を重ねられた。 「……んッ」 様子を伺うようにチュッと音を立てて啄まれると、それだけで肌がざわめいていく。それ以上の刺激を知っている体も、期待するようにますます火照りを増していった。 だがキスが繰り返されるたびに濃くなるその感覚は、あの夜をも思い起こさせる。何かを嗅がされ、強制的に熱を持たされた体。指や舌が這い回るたびに、嫌で仕方がないのに、全身がとろとろと溶かされていく、あの時の恐怖。 「アオ?」 「ちがう、もっとしたい、ほんとだよ」 指先の震えを誤魔化すように都古の浴衣をきつく掴んでしまい、結局は異変を気付かせてしまうことになる。 一ノ瀬は心の病気で、あれは皆が葵に教えてくれた“好き”故の行為とは違う。そう考えたらもう何も恐れることはないと思っていたのに、やはりそう簡単にうまくはいってくれないらしい。 都古を存分に甘やかしてやるつもりだったのに、これでは更に傷付けてしまいかねない。 「嫌なんじゃなくて。ただ、熱くなるのが、怖くて」 「……気持ち、よかったってこと?」 あえて確認されると困るけれど、今照れ隠しで否定をしてもいい方向に転ばないことぐらい分かる。だから葵は頷きだけで返事をした。すると都古が、ホッとしたように息を零す。 「気持ちいいの、怖い?」 「だって先生のことは、本当に嫌だったのに……体が勝手に変になっちゃって」 「今は?俺、なのに?」 都古からのキスを怖がる必要はない。それは確かに正論だと思う。彼から施されるのは紛れもなく好意の証で、葵も彼を好きだからこそ受け入れたいと願うもの。 「気持ちよく、なって」 葵の体が反応するのはおかしいことではないとも伝えてくる。言葉数は少ないけれど、だからこそストレートに胸に響いた。自分も葵とのキスが気持ちいいのだと、耳元で囁かれた台詞も葵の心を大きく揺さぶった。 だからもう一度寄せられた唇を素直に迎え入れる。侵入はせず、ただゆるゆると唇を食んでくる柔いキスだというのに、すぐにまた熱が灯っていった。葵の頬を支える長い指が、時折首筋をくすぐってくるのも葵の火照りを助長する。 「アオ、見て」 快感に飲まれる感覚に一ノ瀬の記憶を重ねてしまいそうになると、都古はすぐに気が付いて、こうして何度でも視線を合わせてくる。目の前にいるのが誰かをしっかり確認させ、そしてまたキスを再開させていく。 何度も繰り返すうちに、段々と嫌な記憶を思い起こす余裕すらなくなって、ただひたすら絡んだ手に縋り、キスに合わせて吐息を零すことしか出来なくなってきた。 少し横になるだけのつもりだった。試験勉強に取り掛からなくてはいけない。それなのに、タオルケットの中で都古から与えられる愛情にもっと浸かっていたい。 震える唇でねだる言葉を紡ぐ代わりに、葵は都古の肩に回した腕へと、力を込めるのだった。

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