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act.7昏迷ノスタルジア<54>

「最近サボってばっかだな。首席で入学したくせに」 「サボりたいわけじゃないんだけどな。今はちょっと色々あって」 「……まぁ俺は代返ポイントが貯まるからいいんだけどさ」 トラブルが起こるたびに大学そっちのけで飛び回る冬耶のために、彼は出来る限り冬耶が講義に出席したかのように偽造してくれる。いつのまにポイントに応じた金額を奢る制度になっていたのかは疑問であるが、ゲーム感覚で楽しんでくれているなら冬耶の気も楽になる。 「この後は?帰んの?」 電話を受けて飛び出す姿を何度か見ているからだろう。彼は次の講義の出欠を確認してきた。 用事らしいものがあるわけではない。だが、葵を取り巻く環境を安全に整えるには、いくら時間があっても足りなかった。幸い、次の授業は試験結果のみで成績を判断すると言われている。出席をせずとも支障はないだろう。 友人に別れを告げて向かった先は、大学構内にある学生用の駐車場。ほとんどの生徒が公共の交通機関で通学するからか、スペースの割に利用者は多くない。少し寂しささえ感じる場所で、真っ赤な車体は一際目を引く。 葵に楽しい思い出を作ってやるために手に入れたはずだったが、未だ愛車はトラブルでしか活用できていない。 運転席に滑り込んだ冬耶はしばらくハンドルにもたれ、この先の動きを思案する。 一ノ瀬は昨夜葵に伝えた通り、もう二度と学園に戻すつもりも、葵の目に触れさせるつもりもない。幸樹に後の処理を任せようとも思っている。だがその前に、一度会話をしておきたいとは考えていた。 葵と愛し合っているなんて妄想に取り憑かれた男と冬耶が対面することに、幸樹は反対の姿勢を見せている。自分でも彼を目の前にしたら冷静でいられる自信はない。あの時の光景を記録した映像はその断片を思い起こすだけでも、強い怒りと吐き気が込み上げてくる。 もう少しだけ、頭を冷やす時間が必要だった。 馨が持ち込んだ学費については、藤沢家が動いたことにより、学園側が馨に返金する形で落ち着きそうだと今朝陽平から聞かされた。学園と直接会話をすることも、馨は禁じられたらしい。 しかし、葵が学内で馨の姿を見つけてしまったことについては未だ本人と会話が出来ていない。暴行へのケアを優先させ、あえて触れずにいるが、葵が時折何か言いたげな眼差しを向けてくることには気が付いている。問題を先延ばしにするのも、そろそろ限界だろう。 昨日遅かった分、今日はこのまま早く帰宅して葵とじっくり話す時間をとってみようか。冬耶がそう考え出した時だった。 コンコンと窓ガラスがノックされる音が車内に響く。いつのまにか運転席側に近づき、こちらを覗き込んでいる人物。それは、都古の兄、千景と訪れた病院で出会った男だった。まさか冬耶を追って大学の構内にまで侵入してくるとは思わなかった。 藤沢家で起こったことを暴こうとする記者に用はない。だが、ニヤニヤと嫌な笑いを浮かべる男が次に冬耶以外をターゲットにする可能性を考えれば、相手をせざるをえなかった。

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