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act.7昏迷ノスタルジア<60>

「藤沢とちゃんと会話できてないのか?」 七瀬の問いに答えきれない京介を見て、綾瀬は現状を察したらしい。その通り、何も会話できていなかった。短気で口下手な自覚ぐらいはある。不安定な感情のまま葵と向き合えば、きっと泣かせてしまう。 それに、京介には葵の今の気持ちを理解してやることはどうしても難しい。その点、共感できる経験を持つ都古に任せたほうがいいのでは、そうも思えていた。 「……七瀬は?どうやって乗り越えた?」 「うーん、七は別にショック受けたってほどでもないしなぁ。ちょっと脱がされたぐらいだし、参考にならないかも」 七瀬はそう前置きしながらも、自分なりの対処法を教えてくれた。 「あいつら殴ってスッキリしたのと、綾でぜーんぶ上書きしてもらって、それで持ち直したかな」 確かに前者は葵に提案するなんて無理な方法だ。冬耶の話では、一ノ瀬への恐怖はあるものの、恨みも怒りも抱いていない素振りらしいし、何より二度と会わせたくなどない。 「上書き……ねぇ」 後者の話は、元々京介の頭をよぎってはいた。葵が他の男に触られるたび、嫉妬心のままより濃い愛撫を与えてきたのだ。 今回も一ノ瀬に穢された場所を全て、自分の感触で塗り潰してやりたい。けれど、“おまじない”を拒絶されてきっかけを失っていた。都古が常に傍にいることも妨げとなっている。 「藤沢と会話するのが先だよ、西名。藤沢が思っていること、望んでいることを聞いた上で触れてあげて。そうじゃないと、意味がない」 「分かってるよ。つーか、今拒否られてるし、そもそも無理」 冷静でいるよう求めてくる綾瀬にそう言い返せば、彼の目にはすぐに同情の色が浮かんだ。彼は京介が暴走しないよういつも諌めてくるけれど、京介のことを応援してくれてはいるのだ。 「拒否って?チューもしてないの?」 「抱き締めんのも一回拒否られた。俺の前で着替えんのも避けてる」 「……あらら」 予想以上だったのか、七瀬の顔色も変わった。でもすぐに納得したような素振りを見せる。 「まぁそっか、葵ちゃんだもんね。七がなんで綾以外とキスしないのか、理解出来てなかったからなぁ」 「あ?どういうこと?」 「だから、葵ちゃんは“誰とするか”が大切だってことが分かってないの。七と綾が愛し合ってるからお互いとしかキスしない、ってことが理解できてないわけ。つまり、極端に言うと葵ちゃんにとっては、誰とするキスも同じ行為なんだよ、きっと。キス以外も、ね」 七瀬の言いたいことはなんとなく理解できた。今まで京介たちと重ねてきたスキンシップと、一ノ瀬から施された暴力と。その区別が葵の中でついていない、と七瀬は読んでいるようだ。 百歩譲って、都古や生徒会、双子たちと混同されるならまだいい。彼らは彼らなりに葵を大事にしているし、愛を持って接しているのはわかるからだ。けれど、一ノ瀬の行為と一緒くたにされるなんて屈辱以外の何物でもない。

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