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act.7昏迷ノスタルジア<62>

* * * * * * 乗り込んだタクシーに行き先だけを告げ、運転手から話しかけられるのを避けるためにイヤホンを耳に捻じ込む。そのまま爆音で流れる音楽に身を任せようとするが、頭の中では今日掛けられた言葉が延々と繰り返されていた。 “モデルさんでしょ?演技には期待してないから、気楽にやって” 母から持ち込まれた仕事の一つであったドラマのオーディションで、プロデューサーはそう吐き捨てた。確かに聖には本格的な演技の経験はなかったし、今回の役はルックスの良さが重視される脇役。とはいえ、受けるからには、と自分なりに準備をしてきたのだ。 結局、彼の言葉で一気に湧き上がった苛立ちを押さえることは出来ず、ひどい演技をしてしまった。それを見て笑った男の顔も頭から離れない。 オーディションが開催されたとはいえ、実際聖でほぼ確定していたようだ。海外にも名を馳せているブランドのモデルが俳優デビューを飾る作品。そんな宣伝文句を制作側は使いたかったのだと思う。あんな演技で無事に役を獲得出来たこともまた、聖のプライドをずたずたにした。 ──絶対見返してやる。 一人で新たな仕事に挑戦をしようと思ったきっかけは大層なものではなかったが、こうなったら意地でも俳優として認められたい。だから母には他にも受けられそうなオーディションや仕事の話を片っ端から回すようお願いしてきた。 生徒会の手伝いもこなしながら、ではスケジュール的にかなり無理をしなければならないだろうが、覚悟の上だ。 校門前でタクシーを降り、並木道を進んでいると、前から見知った姿がこちらに向かってくることに気が付いた。 オレンジがかった茶髪に、着崩した制服。気だるそうに学生鞄を肩にかけ、聖へと軽く手を上げてやってきたのは京介だった。聖がイヤホンを外す仕草をすれば、彼も同じくヘッドホンを首に掛けて会話する姿勢を見せてくれる。 「おう、何してんの」 「仕事帰りです」 「あぁ、そういや、朝一人だったな。別々で仕事するとかあんのな」 どうやら爽のことを見かけていたらしい。口ぶりから察するに、言葉までは交わしていないのだろう。あの日から疲れ切った顔をする京介にあしらわれ続けていたのだ。こうして聖と話してくれることが、少し意外だった。 「西名先輩は学校来てるんですね」 「まぁな。ノートやらプリントやらの運び屋。休んで授業遅れんの、嫌がってるから」 誰が、なんて聞かなくとも分かる。爽からは、今日も葵が登校していなかったと連絡を受けている。葵のことが気になって堪らないが、授業の心配をするだけの気力があることがわかっただけでも幾分マシだ。

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