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act.7昏迷ノスタルジア<63>

「何があったんですか?」 「……また今度な」 「一ノ瀬先生に関係ありますか?」 聖がその名を口にした瞬間、面倒そうにはぐらかそうとした京介の表情が一変する。 「どこで聞いた?漏れてんのか?」 「あ、いや、違います」 学園内で葵に纏わる噂が流れていると危惧した京介に詰め寄られ、聖は自分がその予想に至った経緯を説明した。 深夜に徘徊する一ノ瀬と遭遇した際に幸樹から聞いた話。そして、葵が休み始めるのと同時に一ノ瀬も病欠を繰り返している事実。無関係とは思えなかったから確認したのだと告げてようやく、京介の顔から焦りの色が失せた。 「でも、そうなんですね。やっぱりただの風邪なんかじゃないですよね」 葵を探し回っていたあの時からずっと嫌な想像はしていた。都古が我を失うほど怒り狂う姿を見れば、疑わないほうがおかしい。 「俺が、俺達が、目を離したから……ごめんなさい」 最後に葵と居たのは自分だった。その事実が聖に重くのしかかる。葵を守りたい、だから生徒会を目指すと豪語したくせに、役に立たないどころか葵を深く傷付けるきっかけを作ってしまった。 込み上げてくるものを堪えるように俯けば、頭へと少し乱暴に手を置かれた。 「いや、まぁなんつーか、葵が自分で出てったから。そこはあんま、気にすんな」 「でも、じゃあ葵先輩から一ノ瀬に会いに?なんで?」 攫われたわけではないと言われれば、当然湧き上がる疑問だ。葵は彼にシャツのボタンを外されたと怯えていたのだ。いくら無警戒な葵でも、聖たちに声も掛けず資料室を抜け出してまで、一ノ瀬の元に向かったことには納得がいかない。 「それはまた別モンの理由があっから」 それ以上話す気はないらしい。京介は再びヘッドホンを付け直すと、背中越しに手を振って校門へ歩み出してしまった。 本当はもっと違う話も彼に聞いてみたかったのだが、あの調子では尋ねたところでどうせ答えてもらえなかっただろう。 “藤沢馨” 母の知り合いのカメラマン。ただそれだけの存在だと思っていたが、不意に葵と繋がりがある可能性が浮上し、ずっと気になっているのだ。 本当は今日のオーディション前、馨と会う約束をしていた。聖個人としてみたい仕事があるのだという。けれど、急用が入ったらしい馨からはスケジュールの再調整の依頼が来てしまい、会うことは叶わなかった。 馨と対面したら、“アイ”の写真を見せてもらうつもりだ。ただ、そこで葵と同一の存在だった場合、その先馨とどう会話をしたらいいのか、彼から何を引き出すべきかがまだ聖の中で固まってはいなかった。 寮に戻ると、爽がリビングスペースで勉強道具を広げていた。わざわざここで勉強している、ということは聖の帰りを待っていたに違いない。最近は自立心が強くなり可愛げも薄れていたが、こういうところには弟らしい一面を感じてしまう。 「おかえり、聖。オーディションどうだった?」 「……受かったよ?」 「おぉ、すごいじゃん!今日はお祝いしよ」 聖が真剣に臨んでいたことは察していたのだと思う。結果を伝えると爽はそれを素直に喜び、笑いかけてくる。でもすぐに聖の様子に違和感を覚えたのか、彼の表情が曇った。

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