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act.7昏迷ノスタルジア<65>

* * * * * * 直接連絡が来ることなど滅多にない相手。多少身構えながら電話を取った櫻が彼から聞かされた話は、思いもよらないことだった。 「……冬耶さん、なんだって?」 電話を終えて生徒会室に戻ると、櫻の帰りを待っていた奈央からすぐに声を掛けられた。 「近々、週刊誌デビューしちゃうかもしれない」 「え、何それ、どういうこと?」 「どうってそのまま。葵ちゃんのこと追いかけてた人が、僕にも興味持ったんだってさ」 机上に残したカップは冬耶との会話中にすっかり冷めてしまった。紅茶を淹れ直すためにカップだけを手に取りシンクに向かえば、奈央が後をついてくる。 「奈央が淹れてくれるの?」 「ちがう、はぐらかさないでちゃんと聞かせて」 「西名さんと話して喉乾いてるんだけど」 櫻なりの理屈を述べれば、奈央は心配と呆れが混ざったような器用な表情でソファへと戻っていった。 もう一人、この場にいる忍は奈央のように慌てることはなく、窓際の椅子からぴくりとも動かない。 今日は生徒会自体の活動はないが、こうして集まっていたのは週末に計画している勉強会の準備のため。三人とも成績は学年でトップクラスではあるが、それぞれ特に得意としている教科は別だ。分担して葵のための試験対策を講じてやっているところだったのだ。 その最中に冬耶から電話があり、そして今に至る。 丁寧に紅茶を注いで戻ってみると、正面に座る奈央からは無言で、けれど強い視線が送られた。 「本当にそのままでしかないんだけどね。葵ちゃんの記事出すか、それとも僕か猫ちゃんの記事出すかで西名さんのこと脅しに来たみたい」 「烏山くんのことも?」 「あの子の家も色々あったんでしょ?よく調べられるもんだよね。すごいね、記者って」 素直な感想を口にすると、“感心してる場合じゃない”と即座に奈央から叱られた。でも大事に捉える奈央とは違い、櫻は本当にどうでもよかったのだ。 「僕が不倫の末に出来た子供、なんて皆口に出さないだけで知ってるしね。女同士の喧嘩のことも世間に明かされたところで、困るのは僕じゃなくて月島家だし。むしろどうぞご自由にって感じ」 強がりでも何でもなく、それが櫻の本心だった。彼らが必死に取り繕おうとしている世間体が崩れ去るのを見てみたいとさえ思ってしまう。きっとまた、醜い争いが生まれることだろう。 だから、櫻は冬耶に告げた。 “取引の材料になるなら、僕のことは好きに使って構いません” 葵の何が晒されるのかまでは分からないが、いい話でないことは明らかだ。櫻の情報一つでそれを防いでやれるのならば安いものだ。 それに、櫻と並んで名前の挙げられた都古の身に起きたことは、噂程度には把握している。可愛げのない後輩ではあるが、未だにちっとも立ち直れている様子のない彼の秘密が表沙汰になるのは、さすがに気の毒だ。だから、この役目は自分しか果たせない。

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