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act.7昏迷ノスタルジア<67>

「それは葵のことを話す、という意味か?」 「うん、僕とか猫ちゃんまで巻き込まれそうになったから、ってさ」 葵だけでなく、その周囲にまで危害が及ぶとあれば、いよいよ話さざるを得ないと冬耶は判断したようだ。葵の抱える闇と、今の葵を取り巻くトラブル。その全てを打ち明けるから、葵を守ってやるために力を貸してほしいと彼は言った。 「葵くんの居る場で話すってこと?大丈夫なの?」 「隔離するんだって」 「……隔離?」 あの冬耶が考えもなしにそんな提案をするわけがない。 「というわけで、今から僕らは模擬試験を作ることになりました」 櫻が冬耶の策を端的に表現すれば、聡い二人はすぐに理解したようだった。だが、その表情はどちらも浮かない。当然だ。試験範囲の中から出題されそうな部分をピックアップしてやることとは訳が違う。 「あいつ、正気か?」 理系教科を担っている忍が眼鏡を投げ出し、先輩に対しての暴言を吐きたくなる気持ちも分かる。暗記ものが多い文系教科を受け持つ奈央は比較的ダメージの少なそうな顔をしているが、それでも準備時間の少なさに戸惑っている様子は見てとれた。 「ちなみに、僕らのミッションはこれだけじゃないんだよね」 櫻はダメ押しに冬耶からの依頼ごとを口にした。 “みや君と七瀬ちゃんが追試と補習に引っかからないようにしてやって” 葵のクラスメイトが常に葵の傍にいられるように。その意図は分かる。だが、軽い口調で告げられるべきではない、あまりにも重たい指令である。櫻も冬耶からそれを言い渡された時、目の前の友人達同様、絶望したくなった。 「カラスの成績を知ってるのか?」 「僕にキレないでよ」 全教科追試に引っ掛かっていることも、連休中毎日補習を受けていたことも、嫌というほど知っている。勉強が苦手どころのレベルではない。そもそも彼には義務教育で身に着けるべき基礎的な学力が備わっていないのだ。 彼の兄二人はこの学園の卒業生で、長兄に至っては生徒会長を務めるほど優秀な人物だったことは知っている。だが、都古が編入してきたのはなぜか高校からで、試験を受けずに金の力で入学してきた。 都古が家庭で受けていたという仕打ちを考えれば、それまで勉強などまともにできる環境ではなかったのだろう。そのことは同情に値するが、試験まで一週間を切った今、その穴埋めなど出来るはずがない。 「羽田綾瀬にも協力させるって」 「当たり前だ。少なくとも、羽田七瀬の面倒はあいつに見させろ」 忍の言うことはもっともだ。便乗して、七瀬のことまで押し付けられる理由がない。 「葵くん用と、二人用で別のカリキュラムを準備しなきゃいけないってことだよね……?」 「そうなんじゃない?一緒は無理でしょ。最悪、羽田と猫ちゃんも分けないと、だね」 奈央は困惑しながらも、真面目に今後のことを考え始めたようだ。元の成績が優秀な葵は、正直なことを言えば手が掛からない。問題に躓いても、少し解説してやれば飲み込みも早いし、二度同じミスを繰り返すこともほとんどない。 だが、その葵と同じレベルで問題を用意すれば、都古も七瀬も着いてはこられないだろう。奈央の言う通り、本気で向き合うには彼らの現状に合わせた対策をとらなければならない。

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