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act.7昏迷ノスタルジア<68>
「ひとまず、明後日模擬試験を三人に受けさせる間、僕らは冬耶さんから話を聞かせてもらえる。それならやるしかなくない?」
「……納得がいかない」
愚痴を溢すものの、忍は再び眼鏡を手に取った。文句は言いながらも、冬耶相手に抵抗することを諦めたらしい。
櫻が担当するのは英語。教科数で言えば、忍や奈央に比べると圧倒的に少ないが負担は大きい。
二年生の使う今年のテキストに目を通しながら、まずは葵のための問題作りに取り掛かる。こんな経験など初めてだ。忍や奈央だってそうだろう。相当な労力を注がなければならない。
「あ、そうだ。僕らも成績落とさないように頑張れってさ」
「当然だ、舐めるな」
「だから、僕にキレないでってば」
自分達だって同じく試験を控える身。自信満々な忍とは対照的に、奈央は冬耶からのメッセージに対し、少しだけ困った顔をしてみせた。
一ノ瀬の件で、現場を確認した奈央が精神的に大きなダメージを負っていることは察している。食欲も失せているようだし、寝不足なのか授業中にぼんやりとしていることも増えた。同じクラスだからこそ、櫻はその変化に気が付いていた。
「世界史、もらおっか?」
「……ううん、大丈夫。ありがとう」
奈央が担当する教科を一つ代わってやろうかと提案すると、奈央はわずかに迷う素振りを見せたが首を横に振った。強がりだとは思うが、断られた以上すぐに身を引いてやる。
冬耶の口から何が語られるのか。そして自分が葵のために何をしてやれるのか。英単語の羅列を眺めながら、頭のどこかではずっとそんなことを考えてしまう。
笑わせるよりも、泣かせるほうが多いであろう自分が葵の力になれること。ピアノを聴かせれば喜ぶ、ぐらいしか分からない。
だから、冬耶からの指令は理不尽さを感じるものの、櫻にとって少し気が楽になるものでもあった。葵のためになることしかしない冬耶の言うことだから、従っていれば少なくとも葵を傷つけることはない。
“月島、自分のことちゃんと大事にするんだよ”
電話の終わりに冬耶から送られた言葉。これほど自分本位に生きているというのに、随分不思議なことを言うものだ。
そう言い返すと、“そういうところ”と言って彼は笑い、そして別れの挨拶と共に通話を終わらせてしまった。
“淫売の子”
それは事実で、櫻が傷付くようなことではない。だからどうでもいい。本当に、どうでもいいというのに。冬耶の言葉がやけに耳から離れなかった。
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