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act.7昏迷ノスタルジア<71>

「あんま煽んなって、止まる自信ねぇんだよこっちは」 葵に覆いかぶさり、抱きすくめてくる京介の力がますます強くなった。椅子に座ったままの体が浮くほど、強く。少し反った腰を支える彼の手が、布越しでも分かるほど熱を持っている。 「葵、とりあえずこれは嫌じゃないってことでいい?」 「ギュッてすること?好きだよ?」 葵にとって当たり前のようなことも確認されてしまう。葵が泣いたり、怯えたりした時はいつもこうして抱き締めてくれた。どんどん開いていく体格の差が寂しく感じることもあったが、その分葵の全てを包み込んでくれるという安心感が勝っている。 「それ以上は?」 「……おまじないのこと?」 「だけじゃなくて」 悪夢にうなされた時ではない。日常のちょっとしたタイミングで贈られるキスや、触れ合い。それら全てのことを京介は指しているのだという。 やはり葵のあの拒絶は京介を傷付けてしまったのだろう。夢の内容に混乱し、パニックになることはあっても、意識がはっきりした状態で京介の手を拒んだことはあれが初めてだ。好意を伝える言葉だけでは、彼にこの想いが伝わらなかったのも無理はない。 だから都古にしたように、もう少しだけ勇気を出してみる。 京介の肩に手を掛け、上体を伸ばして向かう先は彼の頬。思い返せば、こんな風に自らの気持ちを伝える行動をほとんどとってこなかった気がする。 ちゅっと小さな音が室内に響くと、急に恥ずかしさが込み上げてきた。胸が不思議な苦しさに覆われて、風邪を引いた時とは違う熱っぽさで頬が上気していくのが分かる。 「……京ちゃん?」 頬へのキスを贈っても何も言ってくれないことが不安になって見上げると、彼からはまたきつく抱きすくめられた。 「あー、もういいや。都古に殴られても、綾瀬に怒られてもいい」 京介とこんな風にくっついているだけで拗ねる都古ならまだしも、どうしてここで綾瀬の名が出てくるのか。勉強を中断しているから、だろうか。京介の真意を探るように茶色の瞳を見つめれば、彼もまたこちらを見つめ返してくる。どんどん距離が縮まっていく、それに気がついた時にはもう唇が重なっていた。 「んっ……きょ、ちゃ」 数度啄まれるだけで背筋を駆け抜けるゾクゾクとした感覚。思わず彼の名を呼べば、開いた唇の狭間から舌が滑り込んできた。 呼吸ができないほど激しいキスではない。葵の反応を確かめるように、濡れた舌が咥内を丁寧に弄ってくる。 目を瞑っていても分かる。舌から伝わるわずかな苦味は彼の吸う煙草の味。自分に今口付けているのは、大好きな人だという証だ。 だから例え、湧き上がる感覚に一ノ瀬の影がちらついても、すぐに打ち払えてしまう。 「んぅ……ッ、ん」 舌が絡むたびに耳をくすぐる湿った音。そしてどうしても溢れてしまう自分の甘ったるい吐息。どちらもが羞恥を煽って体を震わせるが、その度に京介の手がなだめるように葵の背中を撫でる。 ただ、その刺激すら、葵の頭の奥を痺れさせていった。 悲しいわけでも苦しいわけでもないのに、涙が頬を伝っていくのが分かる。京介もそれに気が付いたのだろう。指先でその跡を拭い、ようやく口付けが解かれる。

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