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act.7昏迷ノスタルジア<75>
「アオの、話は?」
「あぁ、うん。そうだな。少し気になることを言われたんだ。エレナさんについて」
葵に付き添って向かった墓石に刻まれた名前。葵を罪悪感で雁字搦めにして離さない存在だ。
「エレナさんが自殺したこと自体、疑問に感じているらしい」
「でも、アオが見てる」
「うん、そうなんだよ。目の前で見てるはずなんだ」
母親が死に至る瞬間を目撃した。その体験が葵の心に大きな傷を残している。自分の責任だと強く思わせる原因にもなっていたはずだ。葵が見る悪夢のほとんどが、彼女に責め立てられる内容なのもそのせい。
“ごめんなさい”、そう言って泣きじゃくる葵の姿は何度見ても切なくて堪らない気持ちにさせられる。と同時に、死んでも尚葵を捕らえて離さない存在への恨みが募っていくのだ。
「俺もあの日エレナさんが家から運び出されるところを見てる。でもそいつも、その場に居たんだ。それで確信してる」
「……何を?」
「あの時点ではまだ、亡くなっていなかったのかもしれない」
冬耶に説明されても、都古にはそれが何を示すのかが分からなかった。例え命が途切れるその瞬間が葵の眼前でなかったとて、首を吊ったのは事実のはずだ。十年経った今、改めて探る話ではないと感じてしまう。
「それが、何?」
素直に疑問を口にすると、冬耶も分からないと言いたげに首を振った。けれど、都古よりもずっと賢い冬耶のことだ。何かしらの可能性ぐらいは思いついているように感じた。
「とにかく、そいつはあーちゃんにあの時の話を聞きたがってる。目撃証人として、な。もしかしたらシノブくんの話にも触れられるかもしれない。それは絶対に阻止する」
冬耶はもう一人、墓地で眠る存在の名を口にした。彼の死の責任も、葵は背負おうとしている。強くなりたいと願いはするが、葵が自身の幸せをちっとも望まないのはそれが原因だ。
「もちろん、みや君と月島を傷付けるようなことも防ぐから」
冬耶が名前を出してようやく、記者が櫻にも狙いを定めていたことに思い至る。
「月島は、自分の話と引き換えにあーちゃんの記事が差し止められるなら、って言ってきたけどさ。それじゃダメなんだよ。みや君も、変なこと考えちゃダメだからね」
どうやら傲慢で嫌な奴だと思っていた彼は、葵のために自身を犠牲にすることは厭わなかったらしい。
櫻が何を抱えているか、なんて都古は知らないし、興味もない。それでも葵への愛情は誰にも負けないと信じていたのに、自分の秘密が葵にバレることを恐れ、櫻と同じ宣言が出来なかったことが猛烈に情けなくなる。
「こら、だから考えちゃダメだって。みや君があーちゃんに聞いてほしいと思えたら話せばいい。思えなければ、打ち明ける必要はないよ。どっちにしても、あーちゃんがみや君のこと大好きなのは変わらないから。大丈夫」
冬耶は都古の不安を易々と汲み取り、安心させる言葉を並べてくるが、本当にそうなのだろうか。
葵は都古を目一杯守れるように、甘やかせるように。そのために強くなりたいのだと言ってくれた。だから医者とのカウンセリングを通して、今まで正面から向き合うことを避けてきた自身の記憶と対峙することを選んだのだという。
そんな葵の傍に、歩みを止めたままの自分が居続けてもいいのか。時折無性に不安になるのだ。それを紛らわせるように、膝に置いた手で浴衣をぎゅっと握りしめた。
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