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act.7昏迷ノスタルジア<78>
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真白い床一面にぶち撒けられた大量の一万円札。こんな惨状を引き起こした張本人は、その一つ一つを丁寧に回収している穂高には目もくれない。
学園側から正式に返金された学費を前にしてあれほど激昂していたというのに、今馨は楽しげにタブレット端末をいじっている。その機嫌の移り変わりの速さには、長年彼の相手をしている穂高でも付き合いきれない。
「へぇ、来月は体育祭があるんだ。その次は三者面談だって」
葵の学園生活には関わるなと父親からきつく叱られたはずだが、どうやら馨が懲りずに見ているのは学園の年間行事を掲載したページらしい。
「三者面談ってあれでしょう?親が行くやつ。……ねぇ、穂高、聞いてる?」
「失礼いたしました。えぇ、そうだと思います」
相手をしてもらえず拗ねた声を出す馨に、穂高はすぐに姿勢を正し望む回答を与えてやった。二人も息子がいるにも関わらず、その言動は子供っぽさが滲む。見た目もここ十数年ロクに変わっていないような気がするから恐ろしい。
「今まで西名が行ってたってことか。面白くないね。葵のパパは私なのに。こんなものがあるなんて、一度も連絡もらったことないよ」
養育を任されていなかったのだから当然の話なのだが、馨にそんな正論をぶつけたところで何の意味もなさないことは理解している。だから穂高は口を挟まず、部屋の片付けに戻ろうとした。だが、馨の次の発言に思わず手が止まる。
「せっかく西名よりも先に制服届けてあげたのに。そのお礼もないしね」
「……馨様、制服を届けたとは?」
「ん?あぁ、そうか。穂高は知らなかったね」
動揺する穂高の姿が物珍しかったのか、馨は嬉しそうに笑いながら教えてくれる。あの夜穂高が注文した制服は、翌日の昼前にはすでに西名家に到着していたのだという。予定よりも随分早い仕上がりだ。それに注文者の穂高には何の情報も入っていなかった。
「すぐに届けてあげたかったから、急いでってお願いしてみたんだ。穂高は忙しそうだったし、私が代わりに、ね」
馨から直に連絡があったとなれば、学園側が最優先で準備したのも頷ける。ただ、些細なことでも穂高の手を煩わせる彼の珍しい行動が引っかかった。
「制服と一緒に、葵への手紙も入れたんだ」
いつの間にそんな行動を取っていたのか。あえて穂高に見せないようにしていたとしか思えない。
ぬいぐるみを送りつけた時はすぐに西名家から苦情が寄せられたが、今回はそれがない。今日家を訪ねたという宮岡からも制服に纏わる話は何も上がってこなかった。何かがおかしい。
あくまで平静を装い、床に散らばる金をかき集めながらも、今起きていることを頭の中で整理していく。そんな穂高の視界に、磨き抜かれた革靴が現れた。音もなく近寄ってきた馨に驚かされる間もなく、彼にそっと髪を掴まれる。
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