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act.7昏迷ノスタルジア<81>

「葵はもう子供じゃないみたいだから。長い間抱えてきた欲望を遠慮なく葵の中に吐き出せばいい。穂高なら、許してあげる」 きっちりとネクタイを締めた首元、そしてシャツのボタンに沿って馨の指先がじわじわと降りてくる。そしてベルトの金具を突いてきた。 穂高が葵に抱く想いを穢された、その嫌悪感はさすがに隠しきれず表情に出てしまったらしい。馨の唇が妖しく歪んだ。 「葵以外にちっとも興味を示さないくせに。葵の淫らな姿を一度だって想像したことないの?レイプされたって聞いて嫉妬心は湧かなかった?葵の周りにいる奴らを憎いとは思わない?」 そんなわけがない、そう言いたげに馨は次々と穂高を追い詰める言葉を並べてくる。 「何もかも全て、自分の手で教え込んでみたかったでしょう?葵の面倒を見ていた穂高なら出来たはずなのに。でも今ならまだ、知らないことがあるかもしれないよ。教えてあげたいね?」 今度は穂高の内腿を布越しに指先でなぞってくる。ぴくりとも反応せずに馨を見つめ返すが、それはますます彼を面白がらせてしまうらしい。 「私や椿を見たら分かるよね。きっとあの子はこれからもっと綺麗になるよ。あのあどけない可愛さを味わえるのは今のうち。早く食べないと勿体無いよ、穂高」 悪魔のような誘い文句。惑わされているわけではない。ただただ不快で何の言葉も浮かばないのだ。 「私は見たいな、穂高が葵とセックスしているところ」 「お止め下さい」 直接的な単語を口にされて、さすがの穂高も思わず彼の言葉を遮ってしまった。 「でも、私が命じたらせざるを得ないでしょう?」 「私の主人は葵お坊っちゃまです」 「葵は私の物だから、穂高も私の物。だから大丈夫」 はっきりと反抗してみせても、馨はそれを喜ぶ素振りさえ見せる。そして穂高を宥めるように抱き締めてもくるのだ。本当にこの人は狂っている。 「いいんだよ。葵の幸せは私たちに愛されること、それでいい」 彼の纏う甘い花の香りで肺が満たされる。穂高の髪を撫でながら耳元で囁かれる呪いのような言葉。穂高を共犯にして、地獄に引き摺り込もうとする美しい人。 彼の元から逃げ出したいと何度思ったか分からない。けれど、彼から目を離せば葵を遠くから守ってやることも叶わなくなる。ここに残ること自体が、葵を置き去りにした自分への罰で、そして償いなのだ。 いっそ彼を殺めてしまおうか。以前椿から冗談で囁かれた言葉がこんな時に浮かんでくる。二人きりでいる今ならば彼の首を締め、息の根を止めることも出来る。

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