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act.7昏迷ノスタルジア<87>
「おかえり、アオ」
部屋に戻ると、待ち構えていた都古に抱きすくめられベッドの上へと連れて行かれる。すでに部屋の照明は落とされていて、枕元のランプだけが灯っている状態。
京介は準備をしてくる、なんて言って出て行ってしまうし、きっと本当に二人で手伝ってくれる話になったのだろう。
「こわい?」
「ううん、そうじゃなくて……」
背中からぴったりと寄り添う都古に問われ、葵は胸に宿る不安を口にするのを躊躇った。一度治めたはずの熱が、こうして都古に抱き締められるだけでぶり返しかけている。
痣を薄くするには、温めて、そして優しく撫でるといいのだと宮岡に教わった。葵自身の手ですれば何の問題もない行為も、二人の手でされてしまえば今の自分が普通でいられるとは思えない。
でもそんなことを口には出来なかった。これからすることは“おまじない”でも、愛猫への“ご褒美”でもない。ただ怪我を手当するためのもの。気持ち良くなってしまうのはおかしい。
言葉に詰まった葵を見て、都古はそれ以上追及することはなくただ優しく抱き締め直してくれた。それだけでも小さく吐息が漏れてしまう。
ほどなくして、蒸しタオルを二つ手にした京介が戻ってきた。湯冷めした体をこれで温め直してくれるつもりなのだろう。彼らの手が直接肌に触れることがないと分かり、少し安心する。
背中を都古に預けている葵の正面に陣取るように、京介もマットレスに乗り上げてきた。そして一番上まできっちりと留めたパジャマのボタンへ手を伸ばしてくる。
「ずっと隠してたけどさ、そんなに俺らに見せたくなかった?」
「……気持ち悪いかなって。それに、怒られるかも……って」
葵の反応を確かめるように、京介の手は一つ一つゆっくりとボタンが外していく。薄明かりの下とはいえ、今の肌を晒すのはやはり不安だ。
「あぁ、時間経ってこれか。すげぇな。あの野郎、どんだけ吸いやがったんだよ」
パジャマを左右に捲った京介から苦々しげな声が溢れた。葵の肩越しに覗き込んできた都古からも、苛立たしさを隠しもしない舌打ちが聞こえる。やはり見せなければ良かった。
二人を怒らせたと知って、葵はすぐに中断を申し出ようとする。でもその前に、都古が葵のパジャマの首元に手を掛け、するりと下ろしてしまう。
「背中も、ついてる」
どうやら自分では確認できなかった部分にも、一ノ瀬の痕跡が残っているらしいことを都古の声で知る。
そういえば、四つん這いの姿勢にされた後、彼はしきりに葵の背中や腰、そしてさらにその下にまでもしつこく舌を這わせてきたことを思い出す。その刺激にすら、心とは裏腹に体が悦んでしまったことも。
「……ごめん、なさい」
「なんでお前が謝んだよ。こんなもん早く消しちまおう。な?」
葵が頷くと、京介が手にしたタオルを肌にそっと当ててくる。触れた箇所がじんわりと温められていく感覚は、あの夜の恐怖に支配されそうだった心まで落ち着かせてくれる。
「あったかくて気持ちいい」
捻挫のせいでしばらく湯船に浸かれていない。だから少しだけ似た感覚を味わうことが出来て、この行為の目的とは関係なく、ただ素直に嬉しいと感じてしまう。
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