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act.7昏迷ノスタルジア<89>*
全身に広がるあの夜の痕跡。その一つ一つを彼らの唇で温められ、指先で撫でられる。発端を作ったのは葵だけれど、こんな行為を思い描いていたわけではない。
「ん……んッ……ぁ、ん」
閉じられないよう葵の脚の間に己の体を捩じ込み、内腿に舌を這わせてくるのは京介。薄い皮膚に覆われた柔い部分に時折歯を当てられ、その度に枕に預けた背が跳ねる。
「アオ、ダメ」
上がる声を我慢するために唇を噛もうとすると、都古が自分の指先を咥えさせてくる。背後に居たはずの彼は、いつのまにか葵の隣に移動し、あばらに浮かんだ痕をざらついた舌で丹念に舐め上げていた。彼が顔の角度を変えるごとに、結いた黒髪の毛先が肌をくすぐってくるのも堪らない。
彼らが触れてくるのは一ノ瀬が付けた傷跡だけ。“おまじない”や“ご褒美”でいつも積極的に刺激を与えられる場所には一切触れられない。キスすら軽く触れるだけのものを一度ずつ贈られたのみ。
それなのに、二人の唇が肌に触れるたび、ぽつぽつと熱が灯っていく感覚がする。
「あ……ッん、きょ、ちゃ」
膝の辺りから内腿を上がってきた京介の唇が、下着のラインまで辿り着く。その位置で、痕のつかない程度の甘噛みを繰り返されると、もっと上まで来てほしいとそんな願望が頭をもたげてくる。
葵の脚を押さえる指先はほんの少し下着の裾から潜り込んではくるが、そこで留まってしまう。
「アオ」
京介から目を離せずにいると、すぐに都古へと意識を戻される。再び唇を割り入ってきた指先に頬の内側や上顎の弱い粘膜を刺激されると、彼とのキスを疑似体験させられている気分になる。
彼が口付けているのは葵の胸元。鎖骨からあばら、鳩尾に掛けて舌を滑らせてくるが、平らな胸に浮かぶ二つの部分にはちっとも寄り道する気配がない。
いつもは淡く色づくそこをしつこいぐらい舐めたがる都古を諌めるのは葵の役目。それなのに、今はなぜ触れてくれないのか、そんな疑問が浮かんでしまう。これは手当なのだから、当たり前だというのに。
「待って……も、いい、から」
これ以上されたら、せっかく治まったはずの火照りがぶり返してしまう。いや、すでにその兆しを感じ始めていた。
それがバレてしまうのが怖くて、中心を隠すように体を丸め、泣き言を口にしてようやく二人の動きが止まる。
「どうした、葵」
「だから、もう終わりにしよ」
「まだ見てない場所あんだけど。それはどうすりゃいい?」
京介が指を掛けてきたのは下着のウエスト部分。わざとらしく引っ張られ、肌にぱちんとぶつかる音が室内に響く。
「そこは、やだ。しなくていい」
「なんで?ちゃんと説明しろよ。どうせこの下にも付けられてんだろ?」
だったら見せるべきで、触れられるべき。そんな理屈を、京介は暗に訴えてくる。でも葵だってこれ以上は困る。
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