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act.7昏迷ノスタルジア<96>

* * * * * * ひたすらパソコンに文字を打ち込む作業に没頭していた奈央は、いつのまにか日付が変わっていたことに気が付き手を止めた。 冬耶の指令で半ば強制的に作らされている模擬試験ではあるが、中間テストの出来を心配する葵の不安がこれで少しでも払拭されてくれたらいいと、そう思う。 数時間ぶりに携帯をチェックすると、そこにはいくつかメッセージが溜まっていた。 忍や櫻、彼らとのグループに届いていたのはそれぞれの作業進捗。だから奈央も自身の今の状況を彼らに共有する内容を返信した。 幸樹からは数十分前に寮に戻ったことを知らせるメッセージが届いていた。元々一匹狼でロクに連絡もとれなかった男が、最近は随分と反省したのか、こうしてマメに所在を知らせてくれるようになった。 歓迎会の夜に起こった出来事は決してあってはならないことだったものの、こうして幸樹が変わるきっかけになってくれたのならせめてもの救いかもしれない。 奈央はもう一つ、加南子から届いていたものはチラリと文面を確認するだけに留め、自室を出た。向かう先は幸樹の部屋。 扉の脇に備え付けられたインターホンを鳴らすと、ほどなくしてタンクトップ姿の幸樹が顔を出した。 「あぁ、奈央ちゃん。まだ起きてたん?夜更かしやな」 「それはお互い様」 奈央がいつものように言い返せば、彼は笑って室内へと案内してくれる。 寮で過ごすことが少ないからか。それともハナから過ごす気がないのか。幸樹の部屋には大きなマットレスぐらいしか家具がない。どこにも居場所を作らず身軽でいようとする彼の心情の表れのようで、奈央はこの部屋に来るたび、何とも言えぬ気持ちにさせられる。 床に直に置かれたマットレス。その上にあぐらをかいた彼の手の甲や指先に、痣のようなものが浮かんでいる。それが人を殴った時につく傷だということは奈央も理解していた。 「幸ちゃん、大丈夫?冬耶さんから色々頼まれてるんだよね?」 彼が誰を殴ったのかは聞かずとも予想はつく。幸樹の隣に並ぶように腰を下ろした奈央は、その指令を出した人物の名を口にする。 冬耶は奈央にとっては優しい先輩だ。二人の弟を可愛がるだけでなく、誰に対しても温厚で、世話焼きで、時にお節介で。そんな彼は、幸樹とだけは少し不可思議な関係を結んでいた。 全ての責任を自分一人で請け負う性格の冬耶だが、幸樹のことは遠慮せずに駒として使う傾向にある。信頼しているといえば聞こえはいいが、結果的に幸樹に汚れ仕事をさせていることが、奈央は気がかりだった。 「心配せんといて」 「嫌なら嫌って言ったほうがいいよ。幸ちゃんが背負わなくちゃいけないことじゃない。冬耶さんだって幸ちゃんがきちんと話せば……」 「いや、別に嫌とは思わんよ。俺の存在意義ってこれしかないし」 本当に気にしていない素振りで幸樹は笑うが、それが余計に奈央の胸を苦しくさせた。

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